
我が一族の聖地、武田神社です。
武田信虎、信玄、勝頼の三代が住んでいました。
本来は、躑躅ヶ崎館と呼ばれていました。

このような石垣も有りますけど、城と言うより館と言う方が正解ですね。
武田家は、金山を持っていたから、貧乏ではなかったけど、甲斐には巨大な城は作らずに、農民の為に、信玄堤と言う堤防を築き上げました。
水害の被害に悩んでいた領民の為に、信玄公は大金を投入しました。
だから、山梨県では父親を追放した信玄公を悪く言いません。
治水をしてくれた名君だからです。
山梨県の名物、ほうとうも、実は米が少ない時の代用食です。

本来なら、正面から撮影したかったけど、邪魔な最低民族がいて、正面からは撮れなかったけど、これが主殿です。
おみくじを引きましたけど、予想通りの事が書いて有りました。
やはり、そうなのか?
ある意味、納得出来ました。