平成23年4月28日
この日を生涯忘れる事は無いです。
幸福の絶頂から、不幸のどん底に叩き落とされた日ですから。
もし、タイムマシンがあるなら、この日に戻りたいと何回思っただろうか?
自分の目の前で、妊娠8ヶ月の妻が居眠り運転のダンプカーに跳ねられた瞬間。
時間が凍り付きました。
ダンプカーは、近くの民家の塀に当たって停まりました。
私は、理性が消えていました。
本気で殴り、蹴りました。
止めに垂直落下式のバックドロップをアスファルトの上でやって殺そうとしました。
しかし、妻の父親が体当たりして、それを止めました。
普通の人の体当たりなら、私は倒れないけど、柔道4段で、師範の体当たりでは私も倒れました。
止めてくれなけば、殺人者になるところでした。
昌昭君、救急車は手配したから、恵利華に付いていてくれ、こいつは警察につき出すから。
私は、急いで妻の所に行きました。
昌昭さん、寒い。
私は、車に積んであった毛布で恵利華を包んで抱き締めました。
身体から流血していました。
傷口をタオルで止血する処置はしました。
昌昭さん、ごめんなさい。
力なく恵利華が言いました。
それが最後の言葉でした。
救急車で病院に搬送される時も、手を握っていました。
体温が落ちて行く事が分かりました。
病院では、懸命の処置をしてくれました。
それでも、恵利華は目を開ける事は有りませんでした。
母子共に死亡です。
16時55分
担当医師に告げられました。
余りのショックに涙すら出なかったです。
何故、車のヒーターをかけに行ったのだろうか?
何故、一緒に横断歩道を渡らなかったのだろうか?
後悔ばかりが脳を過りました。
後悔先に立たず
死者は甦らず。
恵利華の墓参りをしました。
最高の笑顔と、最後の言葉を思い出しました。
私には過ぎた女房でした。
三歳の時から、私と結婚する事を決められていた許嫁でした。
私以外の男性と手を繋ぐ事さえしなかった恵利華。
悔しい
情けない
毎年、4月28日だけはブルーになりますね。
ブログをアップしなかった年も有ります。
こうした、心の傷は癒えないですね。