私は、稀勢の里や、北斗の拳のラオウのように、我が生涯に1片の悔い無しとは言えません。
もっと強く警告すべきであった。
毎年、3月11日に来る度に思っています。
地震の後の津波を軽視していた人間が多かったのは事実です。
関西大震災でも津波が被害を与えなかったから、地震の時は、火災に対する警戒はしても、津波警報を軽視していた人間はいます。
私の部下も、10人津波で死亡しています。
将来を嘱望されていた人間。
新婚生活を始めたばかりの人間。
まさに、十人十色でした。
この当時の私は、まだ係長でした。
ゴルフ場に、マスター室のマスターとして赴任していました。
4月になれば、課長としてガソリンスタンドのエリアマネージャーに戻る事が決まっていました。
私がエリアマネージャーに戻る時に、マネージャーに昇格する事が決まっていた、市川も津波で死亡しました。
福島営業所から、有能な若手を送って欲しいと言われましたから、私の片腕にしたいと思っていた市川を送りました。
まだ25歳でしたけど、数字の出せる男でした。
マネージャーになったら、婚約者と結婚すると言ってました。
ジューンブライドしたいと言ってました。
地震の時は、日報を作成する時間です。
3時に、日付を替えるからデータ整理をしていました。
地震で、ドアが変形して、出れなくなった時に、津波が来ました。
一階にいたから、逃げ場所がなかったです。
地震の1ヶ月後に、私は現場に行きました。
変わり果てたガソリンスタンドを見て絶句しました。
想像以上の酷い現実がそこに有りました。
出勤していたスタッフ、全員が津波で死亡しました。
三人が給油している時に、津波が来ました。
停電しても、予備電源で給油出来るガソリンスタンドだったから、お客様が沢山いたと聞いています。
地震の時の対応マニュアルに、津波は想定されていませんでした。
災害時の対応は、救急車、消防車、自衛隊の車輌だけ満タン給油する。
あとは、10リッター給油しかしない。
火災に備えて消火器をドライブウェーに出して置く。
それだけしか決めていませんでした。
津波警報が出たら、ガソリンスタンドをクローズするように変更したのは、この311以降です。
私は、人工地震で50センチの津波を体験しています。
それでも立っていられませんでした。
それが14メートルの津波です。
助からないな。
瞬時に思いました。
海岸線にある大型ガソリンスタンド。
それが売りでした。
福島県では有数の販売数量を誇っていました。
本来なら、今日の慰霊祭に出席したかったです。
しかし、去年の七回忌慰霊祭に参加しているから、研修を優先しろと社長に言われました。
帰国したら、市川の墓参りをしたいと思っています。
予想外の災害
それが東日本大震災ですね。