プリンセスプリンセスの名曲の中に、Mと言う曲が有ります。
丁度、今から30年前の1988年にリリースされた曲です。
いつも一緒に居たかった。
隣で笑ってたかった。
かつての恋人を思う、切ない女心を歌った名曲です。
この頃、私は彼女と呼べる女性がいました。
まだ、亡き妻、恵利華とは出逢う前で、私も、まさか許嫁がいるなんて、夢にも思わなかった頃の話です。
彼女、絵美は、誰からも好かれる女性でした。
一緒にいるだけで、心が安らぐ女性でした。
歌を歌う事が好きで、松田聖子や、中森明菜の歌を得意にしていました。
たまに、プリンセスプリンセスも歌いましたが、Mだけは、歌わないでいました。
私が、不思議に思って聞いた事が有ります。
絵美は、昌昭さんのイニシャルは、Mでしょ?
昌昭さんとは、別れたくないから、歌いたくないの。
これからも、一緒に居られるよね?
絵美は、大切な女性だよ。
離す訳ないだろ?
しかし、世の中は、甘くなかったです。
私が本社に研修で3ヶ月、総務課に転勤しました。
3ヶ月でも、別れは辛かったです。
暫く会えないから、皆でカラオケボックスに行きました。
その時のラストに、絵美がMを歌いました。
絵美が初めて付き合った男性が私でした。
昌昭さん、体調に気をつけてね。
私を忘れちゃダメだからね。
そう言って、ビキニ姿の写真を私に渡してくれました。
翌日から、私は東京本社に研修に行きました。
あと、一週間で、本社研修が終わると言う時に、とんでもない凶報が届きました。
絵美が自殺したと言う報せでした。
自殺する数日前に、レイプされて、落ち込んでいて、仲間が心配していました。
もうじき、昌昭も帰って来るから、元気出せよ。
ある人が、そう言って、慰めました。
私は、もう汚れた女だわ。
昌昭さんとは、会えないわよ。
そう言って、号泣したそうです。
その会話が、絵美の最後の肉声になりました。
まだ、22歳でした。
純粋であるが故に、こうなってしまったのだろうか?
私は、頭が真っ白になりました。
あまりのショックに、泣く事さえ出来なかったです。
今日、久しぶりに、プリンセスプリンセスのMを聞きました。
奇しくも、今日は絵美の誕生日です。
生きていたら、52才です。
どんな人生を歩んでいただろうか?
少し、複雑な心境です。