昔は、ジャイアント馬場の全日本プロレス。
アントニオ猪木の新日本プロレス。
このメジャー二団体が日本のプロレスでした。
ラッシャー木村のいた、国際プロレスもありましたが、弱小団体でしたね。
新日本プロレスは、IWGPを作りました。
チャンピオンを決める試合で、猪木がハルクホーガンに病院送りにされましたけど。
全日本プロレスには、日本最古のベルト、アジアタッグのベルトがあり、三冠ベルトも有ります。
猪木が社長を辞め、ジャイアント馬場が死去してから、日本のプロレスは、交流戦が盛んになりました。
四天王と三銃士が、組んだり、闘ったりしました。
技も、高度になり、受け身の進歩で、フィニッシュホールドが一発で決まらない時代になりました。
例えば、かつては、ジャーマンスープレックスが決まれば、ピンフォール出来たけど、今は一発では決まらないでしょう。
危険な技が増えました。
ハヤブサが技を失敗して、再起不能になり、先日死去しました。
空中戦なら、日本一と言われて将来を期待されていたから、残念です。
帝王と言われた、高山善廣も今は肢体不自由になり、入院しています。
ノアを作った、三沢光晴は試合中に、死去しました。
ケガが原因で、小橋は引退しました。
佐々木健介も、そうです。
ミスタープロレス、日本人で、唯一、馬場と猪木をフォールした、天竜源一郎も引退しました。
今は、夢のカードが実現する時代になりました。
天竜対藤波も、実現しました。
馬場が生きていたら、実現しなかったカードです。
ジャンボ鶴田対藤波を見たかったです。
今だからこそ、真の日本一決定戦をして欲しいです。
各団体から、二名づつ出して、トーナメントをやって、真の日本一を決めても面白いと思います。