あれから7年になろうとしていますね。
東日本大震災は、私にとっても忘れられない事が有ります。
福島県の新規ガソリンスタンドの応援に、宣長が行く事が決定していましたが、インフルエンザにかかりました。
代役に、私の部下から一人、送って欲しいと、本社から依頼が来ました。
宣長は、当時は主任でしたから、それ相応の人物を静岡支社から派遣する事になりました。
普段なら、躊躇なく、筆頭主任の水野を送りますけど、何故か出す気になれなくて、主任に昇格したばかりの金原を行かせたのです。
金原には、経験を積んで来る事が大切だから、勉強してこい。
餞別を五万渡して送り出しました。
3月一杯、福島県のガソリンスタンドで働く予定でした。
そして、運命の3月11日を迎えました。
金原は、原発に近い場所のガソリンスタンドにいました。
津波で、全スタッフが死亡したと、本社に連絡が入りました。
その知らせは、直ぐに私の所にも来ました。
その時には、私は宣長と電話をしていて、来週からは、金原と交替する話をしていたのです。
電話をしている最中に、ファックスで内容を知りました。
インフルエンザで、一命を拾った宣長。
交替要員で、派遣されて命を落とした金原。
運と不運としか、言い様が有りません。
私も、まさか地震や津波が来る事は、3月1日の時点では、予想していませんでしたから。