門松や
冥土の旅の
一里塚
めでたくもあり
めでたくもなし
トンチで有名な、一休さん、大徳寺住職、一休宗純の句です。
室町時代には、門松があった事が証明されています。
今のような門松になったのは、三方ヶ原の戦いに、徳川家康が破れた翌年からと言われていますけど、実は、これは呪詛なんです。
竹斬りて
松が栄える
明日かな
武田を斬り倒し、松平家、徳川家が栄えるように、竹を斜めに切るようになりました。
その報いで、武田家が滅びました。
家康の息子で、武田家に養子に入った信吉も若死にするくらいの効果が有りました。
我が家は、門松を立てません。
何故なら、武田一族、平安時代から続く甲斐源氏、富士川の合戦で、大手柄を建てて、頼朝公から、感状を拝受した一族だからです。