私の会社の社長は、仕事の鬼と呼ばれている厳しい人です。
東証一部上場企業の社長ですから、威厳は有ります。
昌昭叔父さんを静岡支社で採用したのが、当時部長だった、今の社長です。
奇しくも、私が東京本社で面接受けた時の人事部長が、社長です。
そう言った訳で、私も昌昭叔父さんも、今の社長には恩義が有ります。
私が、外回りから営業所に帰って来たら、社長がお見栄になりました。
来賓室に、社長を迎え入れました。
真田係長、来たまえ。
私を指名しました。
私は、社長の向かい側に立ちました。
楽にしなさい、座りたまえ。
私は、社長と対面で座りました。
君の叔父、真田営業所長は大変な事になったね。
社長がそう言った時に、事務員がコーヒーとチョコレートを持って来ました。
ブルーマウンテン1とゴディバのチョコレートでした。
社長が、持って来た事務員に聞きました。
これは、誰のセンスかね?
事務員は、真田営業所長の指示で、偉いさんが来たら、ブルーマウンテン1とゴディバを出すように言われました。
わかった、下がりたまえ。
このコーヒーも、チョコレートも、私が君の叔父、昌昭に教えたんだよ。
一流の人間になりたいなら、一流の物を飲み、食べ、身につけろとね。
そう言って、ブルーマウンテン1を飲み、ゴディバを食べました。
ショコラパリか、粋な出し方を考えていたな。
暫く沈黙が流れました。
真田係長。
君の叔父は、病院で私にこれを渡したんだよ。
読んで見たまえ。
それは、叔父の社長に宛てた遺書でした。
か細い字で、思いの丈を綴って有りました。
自分の病気がスキルス胃ガンであり、助かる可能性が低い事も書いて有りました。
今の私が社長になれたのは、君の叔父が裏面で汚れ仕事をしてくれたからなんだよ。
そう言って、社長は涙を流しました。
私の敵をいろいろなトラップで排除してくれたんだよ。
私は、君の叔父に支社の部長にしようとしたら、固辞されたんだよ。
今の営業所長で結構です。
実績を出してから支社の部長にして下さいと言ったんだよ。
更に、私は松田さんを社長に出来た事が嬉しいのです。
そう言ってくれたんだよ。
私の為に、真田はいろいろしてくれた。
真田は、一度だけ私に願い事をしたんだよ。
仲人をして下さいとね。
私は、めったに仲人はしない事を知っての頼み事だったけど、二人でお願いに来たんだよ。
私も、他ならぬ真田の頼みだから快く引き受けたよ。
君も知っている恵利華さんは綺麗で、真田には勿体ないくらいと思ったよ。
私に仲人を頼んだ翌月に、あの事故があったんだよ。
まさか、交通事故で、女房と子供を同時に亡くすなんて、真田も予想していなかっただろう?
葬儀の時の真田の顔を今でも覚えているよ。
怒りと哀しみを押し殺して我慢している顔をね。
私は、真田に言ったんだよ、今だけは泣け。
気の済むまで泣け。
それが人間なんだよ。
ずっと耐えていた物が、爆発したんだろうな。
真田は、私に抱きついて号泣したよ。
松田さん、悔しいですよ。
淋しいですよ。
情けないですよ。
暫く泣いて、やっといつもの真田に戻ったよ。
その真田が、今は生死の境にいるんだな。
社長は、涙を拭いました。
叔父が社長にどれだけ尽くしたか?
社長がどれだけ叔父を可愛がっていたのかわかりました。
そんな時に、病院から電話が来ました。
叔父が危篤状態を脱したと言う吉報です。
真田係長、病院に行こう。
私と社長は病院に向かいました。