鎌倉
この地名の由来を知っていますか?
神武天皇の東征の時に、歯向かって殺された一万の兵の屍倉、死体を焼いて入れた倉、それが変じて鎌倉になりました。
交通の要衝でしたが、悲運の都でもあります。
ここを本拠地にした源氏の数多の悲運
源義朝は、平治の乱で敗れて、鎌倉へ向かう途中に家臣に裏切られて死亡しました。
源頼朝は、安徳天皇の霊に驚いた馬に落とされて、鎌倉で死亡しました。橋の落成式の帰り道で、正装していて、見物人も沢山いた時の醜態でした。
鶴岡八幡宮での、源実朝の惨殺事件
新田義貞の鎌倉攻めでの大量殺戮
足利尊氏、直義兄弟の内紛での毒殺事件
上杉禅秀の乱
これだけの事件が有りました。
一つの都市で、これだけの出来事があるのは、京都と鎌倉だけです。
京都には、沢山の寺が有ります。
鎌倉は、京都ほどに鎮魂されていません。
横浜からの帰り道に、鎌倉から小田原に向かう事にしました。
初めてのコース、ナビゲーションの無い時代です。
道に迷い、有名な心霊トンネルを通過してしまいました。
2台の車で、つるんでいました。
トンネルに入った途端、嫌な重い空気を感じました。
私は、横に付き合い始めたばかりの恵利華を乗せていました。
後ろの車には、兄従兄弟が彼女を乗せていました。
トンネルの真ん中に来た途端、2台共にエンジンストールしました。
天井から、血のような赤い液体が降って来ました。
ヘッドライトの向こうから、鎧兜を纏った武士達が多数現れました。
後ろのほうからも鎧兜を纏った武士が多数現れました。
囲まれたな。
後ろの車がエンジンかかりました。
見れば不動印を組んでいました。
私も不動印を組んだらエンジンがかかりました。
急発進して、武士達を撥ね飛ばしながら進みました。
どうにかトンネルを突破して、鎌倉を後にしました。
藤沢辺りのコンビニに止まりました。
車のチェックをしようと降りたら、車の天井に、一体だけ武士がいました。
貴様、よくも我等の寝床を荒らしたな。
そう言って私に襲いかかりました。
私は、どうにか交わしました。
ポケットから、浄めの塩出して、武士の顔面にかけました。
うぎゃー
武士がうずくまりました。
車には、仏具を積んで有りました。
それで、武士の首筋に切りつけました。
無念
そう言って武士は消えました。
少し遅れた兄従兄弟が来ました。
兄従兄弟も、途中で武士の霊を退治したと言ってました。
私のAWも、兄従兄弟のソアラも、不気味な赤色と、刀の切り傷で無惨な状態でした。
救いは、ライトとタイヤが無事であった事です。
しかし、2ヶ月後、私も兄従兄弟も交通事故を起こしてしまい、二人共廃車にする事になりました。
祟りは、有るものなんですね。