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学ぶって何だろう💭

先日、ナチスについての授業を受けた時に思ったこと。


ナチス時代、ヒトラーは熱い演説で民衆を動かし、国民はヒトラーがドイツを救うと熱狂していたそうです。

後に出版物の検閲やユダヤ人大量虐殺などが問題となり、独裁政治ではだめ民主政治が正しいと考えだしました。


第二次世界大戦では、お国にためにと命を捧げ、戦争反対者は非国民とされました。たくさんの死者を生んだ後、あの悲劇を繰り返さないと平和主義をとりました。


歴史は繰り返されるとよく聞くけど、何度も戦争をしているとか、そういった「事実」の話をしていると私は思っていました。

でも、「事実」だけではなく、「ひとつの正義」のみが正しいとされた状況が、何度も繰り返されています。

ヒトラーが正しいという正義、お国のために命を捧げるのが正しいという正義がありますが、まさに今、コロナからみんなの命を守るという正義が正しいとされているように感じます。


今まで、一つの正義のみが支持される時は、毎度おかしな方向にむかってます。

そして、Aという正義は間違っていた、本当はBが正しかったんだ、という流れに毎度なります。

でもそれはただ別の正義を信じはじめただけです。

だから私は、人間は本質的に同じことを繰り返していると考えます。


しかし、一つの正義のみが支持される時は、人間が成長するチャンスでもあると思います。


私は、Aじゃない、Bが正しいの後にもうひと過程踏むことが、「学び」だと思います。

その過程とは、「どっちでもいい、どっちもいい」ということをただ「知る」ということです。


独裁政治にも民主政治にも、メリットデメリットどちらもあると思います。

 独裁政治→変化が著しい独断

 民主政治→意見が反映される連帯責任


戦争にも平和にも、メリットデメリットどちらもあると思います。

 戦争→勝てば儲かる負ければ大損

 完全なる平和→何も起こらない無刺激


どちらも同じはずなのにどちらかが正しいとしてしまう。正しいとしてしまうことで正しくないが生まれてしまう。正しいのせいで正しくないが発生してしまっています!そして争い始めます!

でも、正しいも正しくないも一緒だと気づいた時、「ある特定の事実」からではなく、生きる上での「正義」という概念において学びがあると思います😌




おまけ

5歳ぐらいの時に、母に「毎日世界が平和だったら面白くないじゃん」と言ったのを思い出した。

完全に平和な状態って、どういう状態なんだろう🤔