忘れたころに叶う願い事
どうして そんないじわるするのでしょう?
思い描くのは銀の月
忘れられた みずかがみ
赤い月に誘われて
たどり着いた廃聖堂
砕けたガラスを哀しげに
覗き込むのは青い月
あふれる涙の水たまり
鏡となって真実を映す
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この世で「願い」ほど残酷なものは無いと思いませんか?
世の願いの多くは叶いませんし、望んでいたものが手に入っても、それが本当に望み通りのものだったことがどれだけあるでしょう。
人の願いは様々ですが、この世には「束縛」が蔓延し、そのため最も普遍的な願いはそこからの「解放」だと思われます。
たとえば人の世でもよく見られる光景ですが。
炎の魔人がいて、妖精を火の檻に閉じ込めて楽しんでいるとしましょう。
当然、妖精はそこから出たいと思うはずです。
しかし単に「火の檻から出たい」と願っても、それが叶うのは難しいです。
なぜかというと、その願いは魔人の「閉じ込めてやりたい」という願いに正面から対抗することになるからです。
作られた枠では、その統治者が力を握ります。その枠の中で発揮される「潰す力」はとても強いのです。
そういうわけで「檻から出たい」という願いは砕け散るか、仮に通っても、結局は枠の中でしか通らない想いになるでしょう。
やっとのことで火の檻から逃れても、今度は水の檻に閉じ込められるかもしれません。
では、確かな願いとは何でしょうか。
枠の力に潰されるなら、それを越えた願いならどうでしょう?
たとえば先の話で、妖精が「星を見たい」と願えばどうなるでしょうか。
願いは檻を貫いて、やがて星の彼方まで届き、たちまち願いは叶うでしょう。檻に閉じ込めようとする野望よりも、星を想うことで発生する力の方が遥かに強いからです。
種が明ければ簡単な原理なのですが、願いとはすなわち「引力」です。引力なので、遠くを見据えるほど引きつける力は強くなります。
高い所から物を落とすと、星の引力、つまり重力によって物は加速しますね。
それと同じで、人は遠くに思いを馳せるほど到達する距離も長くなりますが、より大きな力を借りることができます。
ただ難しいことがあって、この世では「理」から外れた願いは叶わないか、叶っても大きな代償が伴うようにできています。
これはすなわち「無理」が生じるということなのですが、たとえば人が魚のように海に飛び込めば海の藻屑になってしまうでしょう。
逆も同じで、『人魚姫』のお話にあるように、人魚が人と結ばれるために闇の取引をすれば、声を奪われ、歩く度に激痛が走るなどの代償を受けるはずです。
理に背くことが一概に悪いとは言えませんが、誤った操作をすればエラーが生じるように、理を無視することによる報いは受けるわけです。
これは種族間だけでなく、人の間でも同じです。
すなわち戦士や魔法使いのように、人にはそれぞれ成り得るものがあり、生まれついた星があります。一人一人がその主というわけです。
したがって最も理に沿った願いは、自分の星に基づいた願いです。すなわち「意志」で、人の数だけ意志があり、そこに還ることが確かな願いに繋がります。
そのため確かな願いを叶えるために大切なのは、本当は何を望んでいるのか、自分にとって確かな願いとは何かを知ることなのです。
人の内側にも宇宙が広がっているので、この探求は生涯続くことなのかもしれませんが、その過程では予想もしなかった色々な願いが叶い続けるでしょう。