WW1の緒戦で兵士はなぜ機関銃に身をさらしたのか

 

 スティーヴン・スピルバーグ監督作品の映画「プライベート・ライアン」は、冒頭の30分でノルマンディー上陸作戦を印象的に描いている。続々と上陸する連合軍の兵士たちは、海岸線で待ち構えているドイツ軍の機関銃の餌食になっていく。また別の場面では、主人公のミラー大尉(トム・ハンクス)とその部下たちがドイツ軍の機関銃に足止めを食らう。ミラー大尉が機関銃の射線に身をさらして機関銃手の気をそらした隙に、味方の狙撃手が敵の機関銃手を倒してこの場面は突破することができた(動画では2分のあたりからのシーン)。

 

 

 現代の戦争において、短時間で大量に銃弾を発射することで弾幕を張り、歩兵の前進を援護する機関銃は戦場に欠かせない武器のひとつである。機関銃が誕生するのは19世紀後半のことであり、その威力を世界が完全に認めるのは第一次世界大戦の後半になってのことであった。その第一次世界大戦の緒戦では、多くの兵士が機関銃の犠牲になった。次の史料はドイツ軍の機関銃手が書いたものだ。

イギリス軍が前進を始めたとき、塹壕まで攻め込んでくるに違いないように見え、ひどく恐ろしかった。だが、なんとも驚いたことに、奴らは徒歩でやってくるではないか。こんなのは見たことがない。(中略)士官たちが先頭に立っていた。そのうちの一人は将校用ステッキを手に、ゆうゆうと歩いているのに気が付いた。射撃を開始すると、ただ何度も何度も弾を装填するだけでよかった。彼らは何百という数で倒れていった。狙う必要はなかった。ただ彼らに向かって弾丸を打ち込むだけでよかった。(エリス、234~235ページ)

 徒歩で迫りくるイギリス兵に対して、ドイツの機関銃が射撃を開始すると、当然のようにイギリス兵はバタバタとなぎ倒される。現在の価値観から判断すると、この史料のような結果になるのは当然のように思える。機関銃の圧倒的な火力の前に、無防備に進み出れば大損害を被ることは考えればわかることだ。しかし当時の人々は機関銃の待ち構える敵陣にむけて行進していった。そして次々と死んでいった。当時の人々が機関銃を知らなかったわけではない。第一次世界大戦のおよそ半世紀前には機関銃は誕生しているのだ。ではなぜ、このような一方的な虐殺が起きたのだろうか。