1.目次

序論

1.ヨーロッパの軍事革命

 Ⅰ.イタリア式築城と斉射戦術

 Ⅱ.ヨーロッパ辺境の軍事革命

 Ⅲ.決めてなき戦い

2.戦争の需要と供給

 Ⅰ.徴発された兵隊

 Ⅱ.最後のエスクード

 Ⅲ.物資補給の壁

 Ⅳ.パンとねぐらを求めて

 Ⅴ.見果てぬ勝利

3.海上の勝利

 Ⅰ.ガレー船からフリゲート艦へ

 Ⅱ.アジアの海はだれのものか

4.非ヨーロッパ世界の軍事革命

 Ⅰ.残虐な征服者

 Ⅱ.限りある技術移入

 Ⅲ.不動の王者

5.革命のかなたへ

 

2.『長篠合戦の世界史』について

 著者のジェフリ・パーカーNoel Geoffrey Parkerは、1943年生まれのイギリス出身の歴史学者。専門は近世ヨーロッパ史、軍事史など。現在はオハイオ州立大学の歴史学部教授である。近著にEmperor: A new life of Charles V やA Spanish translation has appeared (Carlos V. Una nueva vida del Emperadorがある。

 本書『長篠合戦の世界史』は1988年に出版された”The Military Revolution: Military innovation and the rise of the West, 1500-1800”を邦訳した著作である。その原題のとおり、本書はロバーツ以降の軍事革命論について論じた書籍の中であり、おそらく唯一日本語で読める軍事革命論の渦中にある歴史家の著作である。

 

3.感想など

 この本の原タイトルは、前述したように”The Military Revolution: Military innovation and the rise of the West, 1500-1800”である。拙訳すると「軍事革命:軍事的革新と西洋の興隆、1500年~1800年」とでもなろうか。感想サイトなどを見てみても、本書の内容についてはおおむね好評価であるが、邦訳版のタイトル「長篠合戦の世界史」に批判が集まっているようだ。

 翻訳者の大久保桂子は、訳者あとがきのなかで「(斉射戦術を世界で初めて発見したのが織田信長だったという)この驚きがあまりに強烈だったために、またヨーロッパ史上の「軍事革命」という原著のタイトルが日本ではそれほど浸透していないことも考慮して、本書にはあえて『長篠合戦の世界史』という、いささか意表を突くタイトルを選んだ」と述べている(本書213ページ)。

 たしかに日本語版のタイトルだけみると、その主題が長篠合戦に置かれているように見える。しかし実際のところ、織田信長に割かれたページ数は10ページ程度に過ぎない(第4章3節)。日本の歴史に興味をもって、本書を手にした読者が肩透かしを食らうのもうなずける。

 しかし本ブログの著者は世界史プロパーなので、それとは少し違った視点から邦訳版タイトルについて考えてみたい。本書の構成と概観は前述したとおりである。第1章ではイタリア式築城術の普及と軍事力の膨張について述べ、第2章でそれを維持した兵站に論を移す。そして第3章ではその兵站を支えた海軍とその戦いについて述べている。

 注目したいのは第4章である。第1章から第3章までは西ヨーロッパを、特にハプスブルク帝国を中心に議論が展開された。しかし第4章では視点が世界へと転じる。軍事革命によって膨大な兵力を擁するようになった西欧諸国は、インド航路の開拓や新大陸の「発見」にその武力を傾けるようになる。第4章ではその結果と限界点が語られる。

 パーカーは、軍事革命を「世界史」に位置づけた。この点が本書の最も評価できる点ではないだろうか。産業革命以降の近代になって、ヨーロッパは絶対的な武力でもって世界中を支配するようになる。しかしその前段である近世において、ヨーロッパの武力に屈服した人々もいれば十分に対抗した人々もいた。

 『長篠合戦の世界史』というタイトルで力点が置かれるべきは「世界史」という部分であり、「長篠合戦」は具体例の1つに過ぎない。よりふさわしいタイトルをつけるとするならば、『世界史における長篠合戦』とでもするべきだろうか。

 

 本ブログ著者の言語力の関係で、軍事革命については本書と訳者である大久保桂子の軍事革命に関する論文を読んだに過ぎない。しかし世界史教育の現場では、古くは「西洋中心主義からの脱却」が語られ、最近では「グローバルヒストリー」が謳われている。軍事という教育現場ではタブー視されがちな側面からこのような「世界史」を考える際に、本書は非常に助けになり、かつ具体例も豊富に述べられていて単純に読んでいて楽しい。軍事から世界史を考える人にとっては、非常におすすめな1冊であった。