TLを見ていると、チラホラと技術系Vtuberからの悲嘆の声が聞こえるようになってきた。

 

要約すると、

「自分が見せたい創作物とか技術紹介動画があるんだけど、そっちじゃなく、ゲーム実況の方が見たいって言われる(もしくはそっちが伸びる)」

 

わかるマン。

 

先の記事でも書いたが、基本的にクリエイティブは自分が作りたいものを作ってる時、もしくはそういうものが理解された時が最高に幸せなのであって、一般層のワイキャイしてる空気に染まるために自分のやりたいことを奪われるのをすごく嫌がる。お付き合いをしたくてVtuberを始めたわけではなく、自分の技術を見せたくて始めたはずなのだ。伸びる伸びないを意識して、自分のやりたいことを我慢するのはそもそもに間違っている。

 

悲しいことだが、視聴者が求めているのは、やはりパフォーマー系Vtuberなのだろう。トークが上手い人、声が可愛い人、キャラデザが素敵な人、ネガティブなこと言わない人。人前に出ることを楽しみ、コミュニケーションを取ることに長けた人。要約すると「お友達になりたい人」。こればかりはセンスと技術が必要なもの。クリエイティブはそちらに振り分けるためのセンスや技術を、創作の側に傾けているためかなり難しい。

 

とはいえ、スピード感が要求される界隈なので、常にアップデートしていかなければ認知されなくなることもある。筆頭株のねこますさんですらそれに思い悩んでおり、もはや動画を出すことが義務感のような状態になってしまっている。ちゃうねん……やりたいことを時々紹介できればそれでええねん。そう思っても、一度手にした「認知度」を失うのも恐ろしく、界隈で孤立するのも恐ろしい。だから、やむを得ずゲームする……悪循環である。

 

クリエイティブは孤独な生き物だ。誰に見て貰えないとしても、一人黙々と作り、晒し、傷つき、それでもなお作る。なぜ作るのか? 作りたいからに決まっている。褒めて貰いたい気持ちがないわけではない。褒められたい。讃えられたい。でも、それ以上に「自分が思い描いた大好きなものと作りたい」という単純な衝動に駆られて作るのだ。

 

けれど、認知度が上がれば上がるほどに「お前はこっちのが似合ってるからこっちやれ」という外圧が強まり、イメージの拘束が始まる。それこそが偶像化で、実態との乖離現象だ。自分のなりたい自分から始まったものが、他人の願望器として縛り付けられ、自分以外の自分を演じ続ける悲劇に見舞われる。自分の在処がわからなくなる。これを私は仮面の呪いと呼んでいる。

 

バーチャルyoutuberは特にその傾向が強い生き物かもしれない。外見と本人とが乖離しやすく、没入しすぎると虚構性に自分自身が引っ張られていく傾向にある。本質的な欲求を吐き出すための疑似外殻のはずが、その本質的欲求が疑似外殻に抑圧されるという矛盾が始まると、心理的に不安定な状態に陥りやすい。これはTwitterやLINEのアカウント、あるいはゲーム内アバターと、実生活を行う自分というような二重化された部分で起こるものだ。

 

自分自身を自由に切り替えられる柔軟さがあればいいのだけど、それ自体がメンタル的にかなり修練を積まなきゃならないこと。タフさと言うより、クッション性。懐の広さというか、寛容性というか。こういうのは総合職や営業職の立ち回りなので、クリエイティブにとっては負担以外の何でもない。それを趣味の分野に持ち込めと言われても、仕事でも嫌でやらないことを何故趣味でしなければならないのかという話になる。

 

あくまでも、趣味として。自由に振る舞えるアバターとしてVtuberをやっている人もいるのだ。そこを履き違えて、無理やり人前に連れ出すようなマネをすると、本人が潰されてしまうこともだってある。(というか現在進行形でそういう人見てる)

 

行為の是非はやってみなければわからない。ただ、事前に「そういう人もいるんだよ」ってことを察知できるような業界であってほしいなと思う。誰も彼もがキズナアイではないのだから。

時間を遡って考えてみた。

今のモーショントラッキングを利用した3Dモデルを動かす動画で、現在のVtuberブームの根幹になっているものは何なのか。

 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm12898511

 

それがこの動画だ。MMDの初音ミクとKinectを接続し、自分自身が初音ミクになるという画期的な発明。MikuMotionCaptureと名付けられたこの技法によって、アイマスの雪歩になる猛者や自分が動画の中に入ってMMDモデルに触ろうとする勇者が現れた。

 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm13118251

 

それが、7年も前の話である。

 

これが今のVRChatの根幹となった。モデリングを楽しむ人たちが、そのモデルの中に入り込みんで仮装し、さも別の自分であるかのように振る舞える技術。それを個人同士の楽しみから大規模集会場サーバーに拡張したのがVRChatであり、unityを経由して動画の生配信を始めたのがみゅみゅ教授だった。

 

教授が配信を始めたのが2014年。今から数えてもう3年も前。その頃は今と違ってVRに注目する人が皆無であり、過疎の中で細々と活動していたようだ。今でこそねこますさんの働きで「女の子になる」技術が普遍的なものにまで降りてきたが、その当時では「キモい」の一言で片づけられる悲惨な状況であった。

 

2015年7月にはFaceRigでおっさんが女の子になる手法が取り上げられた。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm26665486

 

これ興味を示したのが他でもないねこますさんだ。彼は元々Live2Dでねこみみ美少女を動かして自作のギャルゲを作っていて、元々はそういう方向でキャラデザイナーになりたいという思いがあった。クリエイティブなオタクとしては極めて普通の発想だ。

 

その彼を狂わせたのが恐らくこの動画だろう。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm27729048

 

Live2D+FaceRigでおっさんが美少女になれる。なれる。なれる……のだ。

 

そして彼はなった。

https://www.youtube.com/watch?v=3HMZubXFuhU

 

やらなければ、はじまらない…。その実践である。ここからLive2D+FaceRigで美少女になるおっさんが次から次と登場し、底流で静かなブームとなっていた。両声類がLive2D+FaceRigで美少女になる試みをしていたふぇありすさんが有名になり、「おっさんが女の子になる」と言うジャンルにおいて、ねこますさんの姿は掻き消えていった。あくまでも、彼はデザイナーであって、なりきり美少女ではなかった。

 

それからしばらく虚無の時代が続く。Live2Dは進化を遂げ、スマホアプリなどでは当然の技法になり、むしろ現在はLive2DのないADVはありえないという事態にまで陥っている。VRがにわかに叫ばれたのはこの頃からで、PSVRが発売されたことでVRというものが広く知られるようになった。しかし、一般的な認識はVR=体験型アトラクションであり、ARとの差別化があまり為されていないような状態にあった。楽しければ何でもいいというのが、困ったことにユーザーとのミスマッチを産んでいた。

 

そして2016年の末頃。革命を起こす女神が産まれる。

キズナアイ。人工AIのバーチャルyoutuberと名乗った第一世代。彼女の誕生によって、3Dモデル+モーショントラッキング技術は革命的な脚光を浴びることとなる。さも電脳上にアイちゃんという一人の人物が生活しているかのような錯覚を与えるほどに、VRによるトラッキング技術は急成長を遂げた。

 

2017年、VRは大いに盛り上がった。アイちゃんの登場から先、アップランドがシロちゃんを送り込み、カバーがそらちゃんを送り込んだ。インフィニットループに所属し、黎明期から活動してきたみゅみゅ教授にとって、それは本当に胸糞な案件だったと思う。女の子になるための技術を培ってきた彼だ。実際に中身声優の女の子ブッ込んで、金掛けた3Dモデル使われたんだからそりゃキレる。その抵抗感からか、本人はそれとは全く違うベクトルで勝負を仕掛け始め、ニコ生に特化したVR配信(コメントのオブジェクト化、ギミックの追加、VR内でのブラウジングなど)を突き詰める方向へ走っていった。

 

ねこますさんは燻っていた。キャラクターデザイナーでの就職に失敗し、コンビニで働く毎日。何してんじゃろ、と思いながらも、ニコ生で活動するのらきゃっとちゃんやふぇありすたん、みゅみゅ教授を横目に見ながら、そしてVRChatに出逢った。これが彼に火をつけた。

 

VRChatでは誰もがモデリングして美少女になれる。声がおっさんでも、美少女になれる。そういう仲間が集まり、日常が形成されている。ワールドを作れば自分のための楽園がそこに出来上がる。当初は彼も自分のためにアバターを作り、オブジェクトを作り、ワールドを作る。そうやってVRChatを楽しむことが目的だったろう。しかし、生来の「面白いものを広めたい」という感性がねこますさんを動かした。

 

「はいどーもー、バーチャル・のじゃロリ・狐娘・youtuberおじさんの、ねこますでーす!」

 

俺が、俺たちがキズナアイだ。

と言わんばかりの暴挙である。特段、目立ってやろうとかそういう気持ちはなく、今までどおりの「面白いものあるよ」という紹介をするための道化をやった。そのはずだった。

 

何がどうなったのか大当たりした。芸人枠で。ホモに目を付けられ、キズナアイが最も恐れたバーチャルyoutuberという肩書を与えられることによって、彼は一躍時の人となった。あくまでも、彼はキャラデザになりたいだけのコンビニ店員のおっさんなのだが。

 

これに引きずられるように、バーチャルyoutuberブームが到来してしまう。皮肉な話だったと思う。多分それは、ねこますさんからすれば最も苦手とする話だったろうから。自分がなりたかったものと全く違うベクトルへ引きずられていく様は、見ていて歯がゆいものがあった。

 

大好きなVRChatにログインする暇もなく、次から次と来るオファー。慣れない事務作業、クレーム対応。Vtuberとして動画を出すように迫られる期待。そして何も変わらないコンビニ店員という現実。恐らく、精神的に相当参った時期があったと思う。私はその現場も見た。

 

みゅみゅ教授もイラだっていた。飛躍していくバーチャルyoutuberに対して、黎明期から活動してきた自分には光が当たることがない。技術分野では明らかに秀でているはずで、次世代のVRジャンルを開拓してきたという自負があったと思う。それが、どんどん置いて行かれる。美少女+声優という容赦のない力に、視聴者はどんどん取り込まれていった。

 

クリエイティブで代表的な二人が、現状に対しては不満を述べている。それは何故か。

 

それは、バーチャルyoutuberというものが、技術的にはあまりにも低俗すぎるものだからだ。何年も前に自分達が通り過ぎたはずのことを、急に面白がってやっているのが今なのである。HMD+HTCviveのフルトラッキングが主流になり、画像認証でフルトラッキングが出来るようなご時世になっているのに、やっていることが何もない無の空間でゲーム実況したり、面白トークをするだけというのだから( ゚д゚)ポカーンであろう。自分達が磨き上げた技術部分を一切無視して、そっちだけ見るんかい!という静かな怒りは間違いなくある。

 

単にモーショントラッキングをするだけならばとっくに出来ていた。肝心なのはそこではなくて、その技術を用いて、電脳空間でモノを掴んだり触ったり動かしたり、あるいは同時接続してコミュニケーションを取る技術の方にあった。なのに、大当たりしたのは単に動かすだけのほう。もう完全にこれは「がっかり」だったと思う。人間ってバカだなあ、と思う所もあろう。

 

そう。人間はバカなのだ。賢くない。彼らにとって面白い技術は、普通の人にとってはあまりにも高度すぎてついていけない未知の分野なのだ。クリエイティブと一般人の間には、バカの壁というとてつもなく高い隔たりがあるのである。これを「バカにもわかる」レベルまで落とし込んだからこそ、キズナアイは受け入れられ、ねこますさんは時の人になった。

 

悲しいかな、そういう仕組みだ。クリエイティブがクリエイティブのまま喋れば、一般人はドン引きする。何言ってるのか全くわからない、天才の言葉なのだ。しかし、バカにレベルを合わせることがクリエイティブにとっては辛い。それは時間の無駄以外の何物でもない。そんなことをしている時間があったら、自分の好きなものを作ったり、勉強する時間に充てたいという本音がある。

 

今のVtuber業界は、そういう歪みを抱えたまま突き進んでいる。アイドルのようにもてはやされる四天王と、自由に好きなものを産み出したいクリエイティブと、そういうものが上手く重ならない。クリエイティブは相変わらず日蔭に押し込まれ、どんどん抑圧されている。一方で、「なりたいだけ」のVtuberが雨後の筍のように次から次とあふれ出す。言わずもがな、そういう形で飽和していけば、インテリと底辺とが衝突するのは目に見えている。感覚があまりにも違い過ぎるのだ。

 

Vtuberファンと呼ばれる人は、ほとんどがアイドル推しだけの人だ。彼らの技術や創作性に対して評価をしてくれない。だから苦しむ人が次から次と現れるようになった。Vtuberって、なんだろうか。単なる見世物芸人で終わるものであってほしくないと私は思う。

昨日の大きな変化は二つ。

 

1.にじさんじ大会議

2.PANORAさん主導「週刊Vtuberランキング」開始

 

一つ目の大会議での大きな注目点は、

「公式バーチャルライバーは、本人の意思で個人Vtuberとのコラボが可能」

という点。企業主導で管理するかと思っていたにじさんじメンバーが、フランチャイズ形式での運用だということが発覚した。ライバーをにじさんじは特別指示もしなければ指導もしない。やりたいようにやり、技術的部分で困難があれば協力するというもの。思った以上にドライな関係であるのだという事で、ライバー自身にとっても楽になった部分があると思う。

 

にじさんじメンバーは、参入ハードルの低さとは裏腹にトークスキルがものすごく高い。本当に素人のVtuberとは一線を画しており、その魅力は声優ラジオ的な感覚に近いと思う。個人Vtuberにとっても彼らとのコラボは話題を引っ張り出すいい化学変化が望めるもので、Vtuber界に新たな風が吹き始めたというのを感じる。

 

もう一つの「週刊Vtuberランキング」だが、これには本当に驚いた。なにせ、ときのそらちゃんが司会を務め、PANORAの広田さんがVRで同席しているのだから。これによってインフィニットループの仕掛けた先制パンチが、何とも悲しい空振りに終わることになった。それだけのニーズがあり、インパクトがあった。

 

そして、カバーとは競合企業であるはずのアップランドが、ばあちゃるを送り込んでいたこと。これが驚きだ。ここの事業提携は見込めないのはわかりきっているのだが、少なくとも業界内での連携を果たしたことには大きな意味があると思う。というか、ばあちゃるというのがミソだ。アップランドの花形であるシロちゃんが出ないことで、変に角が立たないで済む。

 

また、広田さんがそらちゃんの隣に立っていたことを考えると、遠隔共演の確立が出来た可能性も考えられる。(もちろん同一空間にいたことも考えられるのだけど)だとすれば、週刊Vtuberランキングでコラボすることも不可能ではないのかな、と考える節もある。つまり、horoliveが主導権を握る形になってしまうのだけど。大丈夫かVRLIVE。

 

週刊Vtuberランキングの波及効果はとてつもなく高い。底辺Vtuberがいきなりシンデレラになる可能性が一気に高まった。中堅Vtuberの活動がピックアップされることも考えられる。大手が主導する形にはなっているけれど、必ずしもそれだけじゃない。Vtuber界それ自体を下支えする大きな屋台骨が出来たような、そういう気配を感じる。

 

インフィニットループの考えとは逆の動きをPANORAはしてくれた。

私はこれに感謝を述べたい。