3月16日に公立高校入試が終わり、全ての受験日程が終了します。
ここまで、しっかり準備してきた子ども達だけが、ここまで歩いてきました。
私立推薦組・進学組が抜け、卒業式も終えてからの最後の峠越えは15歳の肩に、さぞやきつかっただろう。
と思います。だからこそ、このひと山を是非越えて、第一志望校の座を掴んで欲しい。と満願の思いで祈ります。
ところで、受験対策の過去問を演習中の受験生にも、1度目は正答だった箇所が2度目では間違っている。という現象が度々起こっていました。1度目に間違えた箇所の2度目の正答率は上がっているのですが…。この現象は、受験生に関わらず、どの学年にも現れます。それは何故だと思われますか?
察するに、1度目の正答は“勘”が当たっただけで、しっかりとした理解、定着には至っていなかったのではないか。
又は、「出来た!」と過信しケアレスを起したのではないでしょうか。
逆に、間違った問題は直す過程で熟読、熟考しますし、テスト前にも見直したりして、目に触れる回数はおのずと増えます。また、その問題を解くときは、より慎重にもなるでしょう。ですから、1回で正答だった問題より断然、演習量に差が出ます。
よく、「失敗は成功の元」とか「失敗から学べ」と言われていますが、勉強もしかり、間違えた箇所を何故間違えたのか、を理解することが、その問題そのものの問われていること、その単元や項目を理解し出来るようになる近道に他なりません。失敗して初めて理解する。といっても過言ではないぐらいです。
しかし、多くの子達は初めの失敗を嫌がります。初めは間違っても良いからと言っても、自分自身で創意工夫し、考え抜いて自分なりの答えを出すことを臆します。「もっと楽に最初から間違わないようやり方を教えてよ。解らないんだから、その為に塾に来てるんでしょう。」という顔で。
以前、『「武士道」子育てー強くて品格ある男の子を育てる方法』の筆者、成嶋弘毅氏の講演で「今の若者がはたから見ていてヤル気がないように見えるのはどうしてか?」という質問に、「損得で行動をはかるからです。経済活動は損得が行動の基準になるのは当然ですが、損得勘定をそれほど考えなくて良い日常生活の中にまでその価値観を持ち込んでしまっていることに大きな原因があるのではないでしょうか」と回答されていました。確かに、経済活動のみならず、日常の行動、人間同士のお付き合いにまで損得を考える風潮が非常に多く、子ども達でさえ「これをやったほうが得か、損か」と考えるようになっています。「好きか嫌いか」、「いいか悪いか」ではなく「損か得か」が判断基準になってしまうと、本来しなければならない行動まで切り捨てられ、失うことも大きいのです。教室の中でも「この問題テストに出るの?」「出なかったら遣るだけ損じゃん」とか「遣り方は解ったから、演習を繰り返すの無駄じゃない?」と言う子は残念なことですが相変わらず居ます。
それは、違う。少なくとも、ラピスでは間違っている。
テストの点が伸びることも確かに嬉しいことだけれど、それ以上に「ああでもない、こうでもない」と考えあぐねながら、答えを導き出すことは面白い。初めは、たどたどしかった英語長文が随分早く読めるようになったことは、嬉しい。
この達成感は安易に答えや解き方を聞いてテストの時に利用するだけでは味わえない喜びです。また、そうやって
粘って導いた手応えが自信となり、血肉にもなって行きます。
だから、もっと考え粘る子達になってもらいたくて、ラピスでは新年度から生徒達への宿題に予習を増やそう。と
思っています。初めての単元を日本語で書かれた解説をじっくり読み、「これはどういうことなのだろう?」と粘って考えてみて下さい。初めての単元だからこそ、新鮮な気持ちで、こうゆう事かな?この式で試してみようかな?と試行錯誤に時間を使うことほど貴重なことはありません。又、かねてよりご家庭から「家の子は読解力が…。」と心配される声もありました。読解力とは、自分本位では無く相手が何を言いたいのか。自分は何を聞かれているのか。そして、相手の求めるベストな答えに自分はどう応えれば良いのか。を理解する力です。それは国語の教科のみならず、全教科に当てはまることは周知のことでしょう。ですから、予習として出された初めての単元の宿題は、まず自分なりに解説を読解し問題を解いてみる。間違えを恐れない。めんどくさがらない。そして、その宿題をラピスで見て貰い間違えは何処をどう読解してしまったのか、どこまで理解していたのか、どこから間違っていたのか。を、しっかり確認してから上で演習問題をやり、理解の定着を図ります。今まで、解き方を聞いて、言葉や数字を当てはめ、解った気になっていた子のためにも、予習を増やします。
繰り返しますが、人は間違えたことの方が記憶に残るのです。
しかし、「どうせ、間違え直しを塾でやるからお座成りで良いや」はダメです。それでは、自分で導けたという一番の手応え、面白さも味わえません。
宿題ノートやその後の演習の進み具合を見て「これは、自分でとことん考えていないな。いい加減にやってきているな。」と感じられる時は残してでも徹底的に指導致します。
予習の宿題も出ているご家庭はどうか御理解、御協力のほど宜しくお願い致します。
春です。
ワクワクすることを始めましょう!
でも、ワクワクにも2種類あります。
損得や勝ち負けのワクワクではなく、
創造と共有のワクワクを目指しましょう。
大儲けするワクワクや大勝負に勝つワクワクというのも確かにあります。
しかし、それはみんなが共有できるワクワクではありません。
その裏に大損した人や、大負けした人が居て初めて成り立つワクワクだからです。
創造のワクワクというのは共有できるワクワクです。
本田宗一郎が画家のシャガール宅を訪問し日本の筆をプレゼントしたとき、
シャガールはその筆をとると嬉しそうにそのまま自分の部屋に入って行ってしまったそうです。
そのため、訪問した宗一郎はほったらかし…。
しかし、「シャガールの創造への好奇心に感動した」と言うのが本田宗一郎の凄いところ。
分野は違っても、創造のワクワク感を知っている2人だったのでしょう。
しかし、創造のワクワク感を持つためには、あるレベルまで実力を付ける必要があります。
剣の道を究めた宮本武蔵も、若いときに勝ち負けの世界に生きていたからこそ自分の技を
磨くことが出来『五輪の書』が完成したのではないでしょうか。
だから、勝ち負けが悪いわけではありません。
そこを最終ゴールにしないことが大事なのです。
受験もオリンピックもしかり。勝ち負けの後に続く道をみることが出来るかどうかが人としての器を
示すことになると思います。
2012年度、新たな受験生と伴に一年が始まりました。
さあ、ワクワクの種を撒いていきますよ!!