自分が大切に思う人の笑顔を見ることが自分の幸せであり、自分の夢によって、

その笑顔を守りたいと願うこと。その尊さはたった一人の人であっても、

たくさんの人であっても変わりません。


私はよく、巡り合えた子供達がやがておじいちゃん、おばあちゃんになり孫を抱く風景を想い描きます。

その時、子供達は幼子が健やかに育つ事を祈らずにはいられないでしょう。

願わくば、抱かれた孫も年を取りその孫を抱く時も世界が平和であるように、と。


100年後の子供達がその100年後の世界も平和に、

豊に穏やかに発展していくことを望めるように祈ります。


今、このときだけ、自分だけが良ければ良いのでは無く。

人の中で生かされていることを知り、たくさんの大切な人たちと巡り会い、

自分の大切な人が住む世界が思い描き。子供達の子供達の子供達の為にまで、

志を抱いた子供達の夢が馳せていくように。


勉強は子供達が大志を抱き、それを叶える為の1つの手段です。

そして、どの子も等しく、勉強を通じて、努力を学び、誠実を知り、達成の喜びを覚えながら、

夢に近づく手応えを感じて行けます。大人が子ども達に語り継ぐこと。それは、子ども達が、

夢を=希望を=あこがれを=大きな志を持てるように、

明るい未来を構想させる力(愛)を育むということです。

今いる子供達と、子供たちの子供たちの子供たちの為に…。


ここに、同志社大学の創始者、新島襄の言葉を綴ります。


わが校の門をくぐりたるものは、

政治家になるもよし、

宗教家になるもよし、

実業家になるもよし、

教育家になるもよし、

文学者になるもよし、

且つ、少々角あるも可、

気骨あるも可、

ただかの優柔不断にして安逸を貪り、

苟も姑息の計を為すが如き

軟骨漢には決してならぬこと、

これ、予の切に望み、

ひとえに希うすることである。


100年後の子供達に想いを馳せれる子供を育むために。


ラピス ド エコールはこれからも志塾を目指して往きます。

ウサギ2010年8月 通信~ニュースレター~②ウサギ