過去を振り返って書いています。




2021年3月 29.30日と
抗がん剤(キロサイド)をやったら
白血球の数値は凄く下がり落ち着いたけど

赤血球の数値も下がるから
輸血をした

夫からLINEがあった。



先生は余命の事については
夫には伝えてなかった。


私はショック過ぎて

その頃の記憶がないガーン

ただ、何か出来ることは無いかと思い
色々ネットで調べまくってましたキョロキョロ



まだまだ諦めずに前を向いて進んでいこう!!

そう思って。。。






1回目のセカンドオピニオンは

治験の選択が正しいのか

を聞く為だった。



今度は

夫が

今の状態で出来る治療と

通院で治療が出来ないか

聞いて来て欲しい

と言っていたので


2回目のセカンドオピニオンは

私の希望で県外の病院へ

2021年4月8日に。



3回目のセカンドオピニオンには

県内の病院へ2021年4月9日に。




病気を治すためなら

全国どこへでも行く気持ちでいたけど



夫は色んな事を考える人なので

入院中は まだしも、退院してからの
通院がかなりの頻度であるから
なるべく近い所が希望でした。


夫は病気と向い合って

希望を捨てずに頑張っています。



大急ぎでセカンドオピニオンのための

診療情報提供書を

用意して貰い


2021年4月8日


夫の体調は良くなかった

熱と酷い下痢が続いていたので

私1人で行って来た。



そこでは


入院してからずっとやっていた

ビダーザの抗がん剤で

病気を抑え込めてない。


移植をしない限りは長期生存を

目指す事はできない。



これから使う予定のベネクレクスタは

(このベネクレクスタが

主治医が言っていた薬だったのです)


保険適用でつい最近使えるようになった薬で

抗腫瘍効果のある薬です。


ビダーザとの併用で

寛解に持って行けるかもしれない!

と。


ベネクレクスタより効果のある

治験はないし

みんなが待っていた薬なんですよスター


血球は凄く下がって

肺炎のリスクはあるかもしれないけど

肺炎になっても治療は続けていかなければ

ならない。


移植するなら

悪い細胞が少なくなった所で

えい!やぁっ!!と

移植します。


と言われた(笑)


夫が聞いて欲しいと言ってた

通院での治療の事は


今の状況で通院で治療と言うのは

治療しないと言う選択肢を取るしかない…

と。


長く生きたいなら

移植、、、と言われた。

ただ、2回目の移植は


3年後の生存率が10〜20%

うちでは30〜40%です。


非寛解での移植は

10人医者が居たら半分は

反対するが

長期生存を目指すなら

僕は移植を頑張ろう!って

勧めますと。


ご主人は今の状況だと

2〜3ヶ月の命と思われます。

ご主人には伝えてあるんですか?

まだ伝えてないんだったら

僕が言ってあげたのに。

今日は来れなかったのですか?

と。びっくり


先生の言葉にびっくり…


余命の事もそうだけど


僕が言ってあげるのに、、、

言葉に。


続けて先生は



残りの人生を

この人がどう生きたいか…と言うのが大切なんだ

と。



残りの人生、と言う所で

涙が出てきた

鼻水もえーん


ティッシュを探していたら

先生がボックスティッシュを

これ箱ごと

あげるから持って帰っていいですよ

ってウインク


辛い話しだったけど

先生の思いやりのある話しと

明るく話して下さる姿に

少し

救われた。


話しが終わってから

今日は遠い所を着て貰ったのに

セカンドオピニオンの代金を頂くのが

申し訳ないですね。

昔は無料で土日とかでやってたんだけど

今はそう言う訳にもいかなくて、、、と


私は、

いえいえこちらの病院はお安いと思います

言っておいた。

(ちなみに、30分 16500円でした。

40分位、話していたのに

30分の料金にしてくれてた)



先生との話しを

終えて


内容を夫に伝えた。


私からは余命の事は言えなくて


伝えたのは

今は厳しい状況だから

通院で治療はできない事。

これから使う薬の事。

上手くいけば寛解に持っていけるかもしれない事

移植を頑張ってやりましょう!

と言われた事。



帰りの新幹線の中で


先生から言われた

「残りの人生を…」と

言うのが、、、

ずっしり胸に刺さった。。。



明日は3回目のセカンドオピニオン

どんな話しを聞く事になるんだろう…。






これは2020年3月に

蜷川さんの写真展に夫と一緒に行った時のもの。




元気になったら


また2人で一緒に行けますように。。。