気になるブログを見つけた…
前回は、ジュニア時代に遠征先で出会ったパワハラコーチについて、どういった考えを元に指導をしていたのか、パワハラ指導を受けた子供たちはどうなるのか、いろいろと考えてみた
そして、今回は、現在の次男の指導環境、そして良い指導者とは何かについて書いていきたいと思う。
が…その前に、気になるブログを見かけた。
ある日、前回私が書いたブログとよく似たタイトルを発見した。どんなことが書いてあるのか気になり、参考になればと思い、興味本位で覗いてみた。
その内容を要約すると…
「育成年代におけるサッカーの指導は、専門的分野であり、プロ経験や知識がない素人保護者が指導者の良い、悪いを判断したり、口に出すべきではない、指導者は選ぶ場合、プロ経験コーチの人生を見て「そうなりたいか」で判断し、プロになった人からプロになるために必要なことを学べ」っていうことであった
なるほどと理解できる部分もあり、考えられるし共感できる点も確かにあった。
ただ、読み進めるうちに、いくつかの自己矛盾があり、指導というものを一面でしかみていないのかなとも思った。
うーん…この素人って言葉…引っかかるなー…
能力と指導力は別物
憧れこそが原動力になるというのは理解できるが、プロ経験者が「自分ができること」と「他人に教え再現させる」というのは全く別の能力であると思う。自分ができることを分解し、言語化し、相手の理解力に合わせて伝える、超高等技術だと思う。
また、「素人には判断できない」と言いつつ、サッカー素人である筆者が元プロだから良いと、そうなりたいはず、と単純に断定し、素人は判断するなという一方で、経歴というラベルだけで判断してしまっている。もし、この元プロ指導者が技術は一流だが人格否定が多い、パワハラ指導者だった場合、子どもたちは、「このコーチのようになりたい」と思うだろうか。
また「プロになるノウハウを持っている」ことと、「それを子供に教えられる技術をもっていること」は別物であり、もし元プロの指導者が絶望的に言語化能力が低く、教え方、伝え方を知らなければ、指導現場はカオスになるであろう。
元プロという権威があって、それを素人保護者がラベルだけで信じ、実際の教え方が未熟であった場合、それこそ二重のカオスになる。
憧れを抱く指導者がいない場合
また「そうなりたいか」だが、現役バリバリのプロサッカー選手なら憧れの対象とはなるが、コーチ等の過去の実績を見て、「この人のようになりたい」って思う小学生は果たしてどれほどいるだろうか。
人生を見てと言っているが、小学生がコーチの過去のキャリアや人生観を理解して、憧れを抱き、この人のようになりたいと思うだろうか。
また、なりたいと思うコーチが見つからない場合はどうなるのか、そのコーチが見つかるまでチームを転々としなければならないのか、彷徨い続け、結局は「自分がうまくならないのは、素人コーチのせい」になるのが目に浮かんでしまう。
そもそも、全国の各地域にそんな都合よく、心から憧れられる元プロの指導者は存在しないと思う。
素人だからこそ判断すべきこと
「素人は判断するな」という意見も少しは理解できる。動き方や判断の正解、高度な技術については確かに素人では見えにくい部分はあると思う。しかし、育成年代の指導において、素人でも判断すべきことは確かにあると思う。
例えば…
・恐怖や権力で子どもを支配していないか
・お気に入りの選手だけを指導し、他の子を放置していないか
・うまくいかない理由を説明せず、放棄していないか
こうした点は、指導者としての姿勢や人との関わり方の問題であり、素人でも十分判断できると思う。
また、元プロは、感覚的に難しいことを簡単にできてしまっていた分、できない子の理屈が分からず、感情的に指導してしまうことがあるとよく聞く。
子供への関わり方まで「素人は判断するな」としてしまうのは如何なものかと思う。
理想から幻想へ
現在、次男は元プロの指導者からサッカーを教わっている。
プロ経験から学ぶことは確かに大事であるし、その経験は素直にリスペクトしている。
確かに、指導者の中には尊敬でき憧れを抱ける指導者も多くいるようだ。
だが、ある一部の指導者に関しては、次男の口から出る言葉や、以前ジュニアユース世代に在籍していた保護者から聞こえてきた声は、耳を疑うようなものばかりであった。
私の中で「プロから学べ」という、憧れていた理想は、幻想へと変わってしまった。
①で書いたように本気の熱で向き合ってくれる恩師と呼べる存在に出会えれば成長を加速させることはできるとは思うが…
結局のところ、指導者が誰であれ、成長を握るのは自分自身…。自分に矢印を向けて努力するしかない。
また長くなってしまったので、続きは③で