
建仁寺塔頭である 正伝永源院(しょうでんえいげんいん)は、
通常は非公開なんですが…
11月4日~12月6日まで秋の特別拝観で一般公開されているっていうので、
行ってみました。

正伝永源院は、元は正伝院と永源庵という別々の塔頭寺院だったそうです。
正伝院
鎌倉時代の創建で、宋国より来朝した建仁寺12世義翁紹仁 (ぎおうしょうにん)が
晩年建仁寺内に創建した寺ですが、
天文以来荒廃していたのを1618(元和4)年に
織田信長の弟である織田有楽斎によって再興されました。
永源庵
南北朝時代の創建、開基は建仁寺第39世無涯仁浩(むがいにんこう)。
細川頼有がこの無涯仁浩を師として禅に帰依したことが縁で、
以後永源庵は和泉上守護家細川氏8代の菩提寺となり、
さらに細川幽斎・細川三斎父子を祖とする熊本藩主家細川氏の菩提寺の一つとなりました。
…と言うことで細川家のお墓がありました。

こちらの五重の石塔は織田有楽斎のお墓です。
左隣には、有楽斎の奥さん(雲仙院)のお墓もあったんですけど…
写真はなぜかありません。(撮り忘れ)
余談ですが、雲仙院は、織田信秀の重臣、平手政秀の娘。
平手政秀は志賀城(現在名古屋市北区にある志賀公園)の城主だっていうから
なんか感慨深いのよね~。

さらに左には有楽斎のお孫さん、織田長好・一条関白室のお墓がありました。
一条関白室は一条昭良(兼遐)の奥さんで織田長好の妹。

方丈で狩野山楽(かのうさんらく)筆と伝えられている障壁画「蓮鶯図(れんろず)」の
お話を聞かせていただきました。
残念ながら写真はNG。
襖の右側から正面、左側に向かってつぼみからはじまり、花の盛りを迎え、
やがて花の終わりと種子が残る。
蓮の花の上のツバメもまた然り。
人間の一生を蓮の花に例えて描かれていると伺いました。
なるほどね~。
今の私は…もちろん左側ですが…
どのあたりなのかしらね~。
こちらの「 如庵」はレプリカだそうで、本物は犬山にあるそうです。
そのお話を聞いたあと…
あっ、そういえば…犬山名鉄ホテルの「有楽苑」のお茶室だ~って。
みんなで顔を合わせてちょっと笑っちゃいました。
犬山っていえばみんな家から近いから…
その「如庵」
平成8年に完成したそうです。
精巧なレプリカです。
よく見ませんでしたが、こちらの「如庵」の額は、
元総理大臣の細川護煕氏のお父さん細川護貞氏の揮毫(きごう)だそうです。
そういえば…秋の特別拝観で細川護煕氏の揮毫襖絵ってあったけど…
見てない~

どこにあったんだろう

とっても残念です。
しかし…細川家って多才なんだね~

確か元総理の息子さんは陶芸家だったような…

残念ながら、紅葉の色づきはあまりよくありませんでした。
本当はこんなポスターのような景色を期待してたんですがねぇ~。
お庭でちょっと気になったのが、この石。
紐で十文字に結んである小石。
ちょっとかわいい~。
初めて見たけど…
これがなんなのか気になって…
ちょっと調べてみたら「止め石」「関守石(せきもりいし)」と呼ばれる、
日本庭園や神社仏閣の境内において、立ち入り禁止を表示するために用いられる石らしい。
結構重要な石じゃん~。
可愛い~なんて言っている場合ではない。
私は全然知らなくて…
大丈夫だったかな~とちょっと心配になっちゃった。
みんな知ってるのかな

臨済宗大本山建仁寺塔頭 正伝永源院
京都市東区大和大路四条下ル四丁目小松街586
TEL 075-531-0200
H.P http://www.shoden-eigenin.com/








