マン・レイ、ドガ、佐藤雅彦 | ラヴィデミコ

マン・レイ、ドガ、佐藤雅彦



芸術の秋、

ここ最近行った展覧会のことなど。




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まずはこちら、



マン・レイ展   @   国立新美術館




画像の青いハートが妙におしゃれで、

駅のポスターで見て気になっていたこのエクスポジション。


マン・レイといえば、唇が空に浮かんでいるシュールな作品しか

印象になかったあたし。

実は、絵画というよりは写真がメインの人だったのですね。


いわゆるシュールレアリストの一人。

釘の生えたアイロンのオブジェも有名です。

写真もとれば絵も描くし、オブジェも創るし映画も撮るし。

マルチな才能を発揮したマン・レイ。

どの作品もセンスにあふれ、今見ても十分にモダンです。

レイヨグラフやソラリゼーションなどの写真技術を考案したりと

常に新しい表現方法を積極的に模索しつづけました。


アメリカ人らしく、生活のために商業写真も数多く撮っていたり、

何度か結婚離婚を繰り返し、パリでは、当時のエコール・ド・パリの

アーティストたちのミューズ、キキとの恋に身をまかせたり。

その抽象的な作品などから想像される、世俗を超越したアーティスト像とは少し違う、

意外にも人間くさいマン・レイの姿も垣間見えました。


特に、最後の妻ジュリエットとの仲むつまじさは

彼女をモデルとした作品の多さからしても容易に窺いしれ、

先に亡くなったマン・レイのお墓の横に葬られたジュリエットの墓碑に

「TOGETHER AGAIN ふたたび一緒に」 と刻まれているのには胸が熱くなります。



人として、人を愛すること、そして愛する人のために生きていくこと。


数多くの、類まれな作品が生み出される源には、その才能はもちろんのこと、

シンプルな、誰もが共感しうる人としての愛があるということを

一人の芸術家の人生を通して改めて知らされる思いがしました。



それにしても国立新美術館は、チラシやグッズからもわかりますが

展示内容のプロモーションの仕方がおしゃれ。

今やっているゴッホ展も、ポスターの黄色ななめしましまがかわいいんですよね。


もちろん大事なのは中身なのですが、ここの美術館は、そういうのを見るのも楽しいです。





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ドガ展   @   横浜美術館



目玉となっているのは、傑作、「エトワール」(画像)の初来日。


オルセー美術館所蔵のこちら、おそらくパリで一度お目にかかっているはずなのですが・・・



なんとなく、薄暗いドガの展示室があったような・・・?

それってオルセーだったよね??


くらいの記憶しかなかったためドクロ

行ってみることにしました。



平日の午後、わりと混んでいましたが

チケットやグッズなどは並ばず買える程度。


歴史画や宗教画からの脱却、印象派としての光の使い方(ドガは特に屋内の光を表現)、

油彩のみならずパステル、版画、彫刻、写真にいたるまでのさまざまな表現方法。


「エトワール」の、それ自身が発光しているかのようなあわい光の表現は

誰もが足をとめて見入らずにはいられない美しさでしたし、

「バレエの授業」での色使い(特に生徒たちのリボンベルトの鮮やかさ)、

構図、いつまで見ていても飽きない踊り子たちのかわいらしいしぐさは

何度も振り返ってしまう緻密さでした。


踊り子や競走馬、晩年は裸婦のモチーフを繰り返し描いているドガですが、

そういった代表作の他にも、多くの肖像画や肖像写真を残しています。


画家自身はあまり人付き合いが得意でなかったとされていますが、

モデルとなる人物の内面をも描き出すような、親密な雰囲気が印象的。

浅く広いつきあいよりも、深く狭い人とのかかわりを大事にしていた人なのでは

ないかな、と感じました。


また、写真という当時としては新しい技術をとりいれ、

白黒のコントラストを演出するなどして、その芸術手段としての可能性を早くも見出していたドガ。



こういう作品を見ると、写真という表現方法の身近さと、奥の深さに改めて気づかされます。

油絵を始めよう、となると、それなりの準備と知識が必要ですが、

写真は今日からでも始められますよね。

(だからこそ、今アート写真ブームなのかも??)

もちろん、高いカメラや高度な現像技術などがあれば越したことはないのでしょうが、

ようするに大事なのは、切り取るべき瞬間、モチーフを見極める審美眼なのではないかと思います。


そんな審美眼、ほしい・・・目

たくさん美しいものを見て、養っていくしかないんでしょうかねえ~(遠い目)





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佐藤雅彦ディレクション ”これも自分と認めざるをえない”展  @  21_21 DESIGN SIGHT



友人のブログで知り、行ってきました。


佐藤雅彦さんという方は、『ピタゴラスイッチ』などを手がけた人、といえば

わかりやすいでしょうか。

(私も、その作品は知っていても、お名前は初めて知りました)


今回の展覧会は、体験型の作品が多く、

かつわかりやすいので、誰が行っても楽しめると思います。

(待ち時間が長いのが唯一難点ですが・・・

平日の午後に訪れたのですが、それでも3時間くらいいました)



テーマは、「属性」


自分の属性としての指紋や虹彩、身長・体重などのデータで

個人が特定される現代社会。

「自分とは何者か?」

この永遠のテーマを、新たな切り口で探っていくきっかけを作ろうという試み。


普段生活しているうえでは気にとめることの少ない、自分の指紋や、心音や、後姿や、

そういったものを改めて認識する作業は、並んででも体験してみる価値ありです。

そうすることで、自分という存在の不確かさに改めて気づかされます。


明らかに、客観的にも、物理的にも、そこに存在する「自分」。

しかし人間というのは、あらゆる出来事や記憶を、自分のフィルターを通して見てしまうように、

自分についても、フィルター越しにしか捕らえられないことが多いのではないでしょうか。

むしろ、他人のことはよくわかっても、自分についてはまったくわからない、と感じることがあるように、

「自分」というのは、もっともその姿をとらえにくいものなのかもしれません。


いつも自分のことしか考えてないように思っていても、

実は自分の存在に驚くほど無頓着だったり、

自分の字すら識別できなかったり、

かと思えば、自分が判別されないことに言い知れない不安を覚えたり。


常に揺れ動く「自分」という存在との付き合い方。

重く、難しいこのテーマを、佐藤氏は、遊び心あふれるさまざまな方法で

軽く、楽しみながら考えさせてくれます。


もうすぐ終わってしまいますが、お時間ある方はぜひ。










身近な非日常体験、

アートな休日を気取ってみるのも

なかなかいいものですハロウィン