『こころとからだと人と自然と。』 -102ページ目

『こころとからだと人と自然と。』

人生5回も死ぬ目に遭えば、否が応でも強く、しなやかになる。
人生を楽しみながら歩く錦ちゃんのブログ。

甥っ子1号(5才)のミュージカルを観に

幼稚園へ行って来た。

歌の披露の後、いよいよメインのミュージカル風

「3びきやぎのがらがらどん」が始まった。

子どもの頃、僕もこの絵本を読んでいた。

子どもごころに岩のトロルの絵が

怖かったのを覚えている。

 

1匹目のかわいい子やぎたちが、

列になって、大きな積み木の橋を渡っている。

その時、前日に観た去年の劇の様子を思い出した。

去年の劇は、先生がナレーションをしながら、

かろうじて劇の様相を保てているような感じだった。

先生がいないと、劇そのものが

崩壊してしまうような危うい感じだった。

 

それがたった1年で、園児それぞれが役を演じ、

集団行動をし、ピアノの音のきっかけをしっかり聞き、

セリフを言うまでになっていた。

人は1年間でこんなにも成長するのかと感じたら、

涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

序盤ですでに号泣である。

人が成長するって素晴らしい。

僕も彼らに負けない気持ちで、これからも成長するぞ

とこころに誓った。

朝ご飯を食べた後に食器を洗っていると、

台所に母が来た。

洗濯用ハイターの詰め替え用パックをドンッと置くと、

台所用の万能バサミで開け口をチョキンッと切った。

その光景を見ていた僕は、ギョッした。

「それ、ハイターだよねー?

それを台所用のハサミで切る?」

「うん。」

「うんって・・・」

 

さらに驚いたことに、

母はそこで空の容器にトクットクッと注ぎ入れ出した。

「いやいやいや、ここ台所だよ?

 食べ物扱うところだよ?」

「洗面所は狭いから。」

そう言いながらも、トクトクトクと入れている。

だめだ、こりゃと思いながら、食器を洗っていると・・・

 

びしゃーーっ

母は注ぎ入れるのを失敗して、

ステンレスの台にハイターの池ができた。

母のこういう光景を100回は少なくとも見ている。

「ええい、くそ!」

と言いながらも、またやるのだ。

面白い人だと思いながら、くすくすと笑った。

甥っ子1号(5才)の去年の劇を観ようということになり、

腕まくりしてパソコンを操作していた。

横でそれを見ていた1号が、

僕の腕に何かをぺたっとはるような行動をしていた。

「ん?」

と思い、ふと1号に目をやると・・・

 

自分の手をぺろっとなめては、僕になすりつけていたのだ。

どこかでそういう遊びを覚えたのだろう。

いつもはパンチという物理攻撃をしかけてくるのだが、

今回は「つばつけ」という精神攻撃を新たに身につけたようだ。

 

こういうのもじゃれたり、甘えたりする行動の1つだと思うが、

自分のお母さんには決してしないのである。

ちゃんと人を見て、使い分けているのだ。

お母さんには、別の甘え方をする。

こういった発見をすると、子どもって面白いなぁと思う。

今朝起きたら、直感的に春が
すぐそこまで来ているを感じた。
陽の光が、だいぶ力強くなったのを
感じ取ったからだろう。
昨日は『雨水』でもあったし。

旧暦や二十四節気を意識しながら、
僕は生活している。
通常使っているカレンダーよりも、
より季節やバイオリズムを
感じ取りやすくなる気がする。

外へ出た時、風が吹いた。
春先に吹く春の匂いがする風だった。
季節を感じる時、僕はとても嬉しくなる。
 

今日は父に誘われて、通称『山』へ行って来た。

父の完全なる趣味のワールドで、

買った時は何もなかった山間いの土地に、

父自ら道を作り、池を作り、川を作り、畑を耕し、

露天風呂を作り、小さな家まで建てた。

劣化版ダッ○ュ村である。

僕ら家族は、そこを『山』と呼んでいる。

ホットモットで弁当を2つ買い、

先に山へ行っている父と合流した。

 

 

天気のいい日に、自然の中で弁当を食べるのはいいものだ。

僕は弁当を食べた後、のんびりしたり、

本を読んだり、落ち葉かきをした。

この場所は「父の世界」なので、

僕は2時間もすれば飽きてしまう。

なので、先に実家に帰った。

しばらくして父が帰って来た。

超巨大な大根と共に・・・

長さ53cm、直径11.5cm、重さ5.4kg。

思わず笑ってしまった。