八章 【夢の終幕】 3 (64) | 中華の足跡・改

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この日のA組の公演は、一回目が12:30~となっている。一昨日とは違い、いささか心理的に余裕の出てきた徹司は、開場中のトレーニングルームの入口付近に立って、客の入りを眺めていた。

何人もの知り合いや、部活の後輩等もやってきて、徹司と言葉を交わしていく。無責任な激励の声が多い。徹司も、自然体で応じることができるようになっていた。

しばらくすると、客の中に徹司の両親の姿が見えた。家族旅行をすっぽかしてまで取り組んだ演劇の成果を確認しに来たのだろうか。

さすがにこの場で両親と会話はしたくなかった徹司だったが、その辺の機微は征司も朝子も心得ていたらしい。征司が軽く徹司に片手を上げて合図を送っただけで、客席へと歩いていった。

気持ちのいい天気ということもあるし、三連休の最後の日、ということもあってか、客席は一昨日に比べるとかなりのにぎわいを見せていた。校外の一般人らしき客も多い。

今日も楽しく行こう、との遅坂の言葉に見送られて、芝居はスタートした。

この回の上演は、気が抜けていたわけでも舞い上がっていたわけでもないのだろうが、台詞等の細かなミスがやや多かった。が、役者全員がしっかりと自然にフォローができていて、リズムが非常にいい。

客席からの笑い声も、一昨日よりもはるかに大きく響いて、それが役者たちをさらに気分よく演じさせるという作用も働いたようだ。

徹司も、汗だくになりながら、雷太を演じきった。

カーテンコールで拍手の喝采を浴びながら、徹司は三度目の充足感を覚えながら客席に頭を下げていたが、この時点で既に、次でもう最後か――という感情が芽生えていた。

この日の二度目の公演は14時からなので、ほとんど間がない。そのほうが案外、気持ちが切れずにいいのかもしれないが。

徹司は舞台裏に下がると、すぐにジャンパーを脱いだ。すぐ下はTシャツしか着ていないが、この時期にジャンパーと野球帽というファッションはさすがに暑い。それほど汗かきでもない徹司だが、すでにかなりの汗が流れていた。

手早く汗をふき取って、次の公演のシーン1に備えて、衣装係お手製の黒装束に着替えた。実はこの装束、かなりのお気に入りになっていたのだった。

「おう、がんばってるな」

そういって舞台裏に顔を見せたのは、担任の小原だった。

「さっきの舞台見たけど、声も出てるしテンポもいいし、かなりいい具合だったぞ。この調子で、最後もがんばってくれよ」

「はい!」

役者たちの返事がそろった。普段よりもみんな、威勢がいい。ただでさえテンションがあがっているところに、次が最後――という別の興奮要素が加わり、一種の躁状態のようなありさまである。

観客が入ってきていなければ、大声で気合の声でも入れたいところだが、そうもいかない。

みんなの視線が何となくさまよい、結局遅坂に集中した。上演前はやはり演出の一言、というのが、一番しっくりくるのかもしれない。

「え、俺?」

視線に気づいた遅坂は、一瞬たじろぎを見せたが、すぐに立ち直った。

「えー、では一言。――もうすぐ、最後の公演が始まります。泣いても笑っても、これが最後です。ここまでもすごくよくできてるけど、最後に一つ、完璧なヤツを見せてやりましょう!」

ありきたりの言葉にこめられた強い気持ちは、全員の心に素直に響いた。

役者たちは一斉に頷くと、それぞれの持ち場に行き、スタンバイした。

照明が落ち、会場が暗闇に包まれた。

最後の幕が、静かに上がった。