徹司はあらためて、深く息を吸い込み、そして春谷に体ごと向き直った。
「春谷さん。ええと……。――ごめん」
言ってから、頭を下げる。
下を向いたまま、続けた。
「みんなの気持ちとか考えないで、確かに突っ走りすぎたと思う。だけど、その……悪気があったわけじゃないんだ。それで、不快に、というか、嫌な想いをさせちゃったのはアレだけど……」
話せば話すほど、なんだか支離滅裂になってきてしまい、言葉に詰まった。
「桃井君……もう、いいよ」
春谷が、そこで静かに声をかけた。
徹司は、顔をあげた。
春谷はこわばった表情のまま、視線をさまよわせていた。
「私の方こそ、悪かったと思ってる。ずるい方法だっていうのも、わかってる。でも……すごく悔しくて、それで……」
春谷の声はだんだんと小さくなっていった。
静寂が、その場を支配した。
店内の有線放送で流れるJUDY&MARYの「OVER DRIVE」が、場違いなほど明るく響いた。
沈黙を破ったのは、佐野だった。
「じゃあ、もう大丈夫じゃね?春谷も、協力できるだろ?モモに頭下げてもらったんだし」
佐野の言葉に、春谷はこくりと頷いた。
「うん……もう、変なことは言わない。私に、できることを、やるよ」
それを聞いた途端、徹司の肩から重荷がすうっと消えた。
「よかった……」
心から、つぶやく。
「トッコには、私がまた電話で謝っておくね」
と、春谷が立ち上がりながら言った。
佐野も、同時に立ち上がった。
「ありがとう、本当に」
徹司は二人にもう一度軽く頭を下げた。
春谷は、ううん、と首を振り、佐野は、いいよ、と笑った。
二人が去った後、徹司は涼子にも頭を下げた。
「栗橋さんも……ありがとう。ホントに助かったよ」
「ううん、私は何もしてないよ。でも、よかったね」
「うん。トッコも喜ぶよ、きっと」
上機嫌な徹司を見て、涼子は一瞬だけ、複雑そうな表情を浮かべた。
「……モモちゃんってもしかして」
つぶやくような声だったため、徹司にははっきりと聞こえなかった。
「え、なに?」
「ううん、なんでもない。ええと、じゃあ私も、そろそろ行くね」
何となくそそくさと、涼子は立ち上がった。
徹司は、自分も一緒に店を出ようかとも考えたが、机のトレイにはまだポテトの山が残されていて、これを放って帰るのも不自然か、と思いなおした。
「うん、じゃあ、またね」
「バイバイ。練習、がんばってね」
涼子は左手にトレイを持ち、右手をひらひらさせて、徹司に背を向けた。