鏡の中の島国 | 中華の足跡・改

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日朝問題が平行線をたどって、解決の糸口すら見えない。

正確に言うなら、片付きそうにないのは、いわゆる拉致問題だ。


ことこの問題に関しては、北朝鮮は「既に解決済み」との主張を崩していない。

そんな北の態度に、大多数の日本人はイライラさせられている――ま、俺も含めてだが。


さて、そんな中で、従軍慰安婦問題もここにきてクローズアップされている。

日本軍の関与を認めるかどうか――というよりも、認めるか認めたくないか、という方が正しいのかもしれないが。

そういう議論になりつつある。

この手の問題に敏感に反応するのが、韓国や中国だ。

被害者サイドだから、当然といえば当然だ。


従軍慰安婦に限らず、マクロなレベルで、歴史問題は未だに大きな壁になっている。

少なくとも、中韓はそう思っている。

ところが、日本国内ではどうだろうか。

侵略戦争の是非はともかくとして、あの戦争は「過去のもの」となってしまっているのではないか、と、俺は感じている。

だから、靖国問題などで中韓が大騒ぎするたびに、「昔のことをいつまでも・・・」と眉をひそめる人たちの意見があちこちに登場する。

あの戦争については、もう解決済みだ、という意見もある。

政治史的に言えばその意見は一面では正しいのだが、とりあえずそれはおいといて。


「昔のこと」とは、いつまでのことを指すのか。

「解決済み」とは、何をもって解決というのか。


問題は、先にも書いたが、被害者サイドの心理にある。

例えば中国の場合、内戦等による疲弊のため日本の支援が必要になり、国のトップが「過去ではなく未来を見よう」と、仲直り宣言をする。

むろん、それは正しい。

ただ、その言葉だけで、実際に被害を受けた人たちが過去を忘れることができるのか。

・・・考えるまでもなく、否だ。

彼らにとっては、「解決済み」ではない。

そして、被害者本人や家族は、今もまだ悲しみを抱えて生きている。

ならばそれは、「昔のこと」なんかじゃない。

まごうことなき、「今」の話のはずだ。


さて、北朝鮮に話を戻すと。

彼らが外交戦術として「拉致は解決済み」と主張している、と、言われている。

そうかもしれない。

が、そうでないかもしれない。

彼らは本気でそう思ってるのかもしれない。

日本の政治家たちが、日中戦争を「過去のこと」で「解決済み」だと、本気で思っているように。


ふと、そんな気が、した。