帰国目前、というこの時期は、以前のような不安定さは影をひそめてきた。
開き直り・・・ということもあったかもしれないが。
ともかく、残された日々を楽しく生きなくちゃ・・・と、どこかで決心したわけだ。
最後の一週間は、おかげでだいぶ楽しく過ごせた。
大切な友人たちとの、最後の晩餐を繰り返す。
まったく・・・俺は、友人に恵まれたものだ。
最後の――出立の日。
一人、朝の散歩に繰り出す。
そして、携帯電話を取り出して、保存してあった短信(メール)の数々を読み返す。
30通程度の保存能力しかない携帯なので、不要な短信はどんどん削除しなければならないのだが、個人的に大事な短信は、ずっと取ってあったのだ。
それを、何度か読み返して――ひとつずつ、消していった。
過去との決別、なんてかっこいいものではない。
散文的な事情から言えば、この携帯を友人に譲ることにしていたので、短信を残してはおけない、ということがあったのだが。
ひとつ、またひとつと、記憶が呼び覚まされ、そして消えてゆく。
今でも思い出し笑いしそうになる記憶。
ほっとするような微笑が浮かぶ記憶。
わずかに苦いものが混じる記憶。
思わず心をときめかせた記憶。
・・・短信が消えても、刻み込まれた記憶はきっと、消えない。
それなのに――。
どうしてだか、そのとき俺は、泣きそうになっていた。
――こうして俺は、思い出の詰まった中国大陸を離れた。
日本に戻ったら戻ったで、また慌しい生活がまっていた。
多少は実家でのんびりしたい気分ではあったが、就職先の会社からは、できる限り早く来てほしいとの要望があったので、あまりゆっくりもできない。
帰国して一週間後には、俺は北海道へと(正確には、フェリーに乗るために新潟へ)バイクを走らせていたのだった・・・。
以後、俺の生活の場は、北海道へと変わる。
同時に、学生から社会人へと身分も変わったわけだが――まあこれは、二度目ということもあるので、新卒のときとはまただいぶ気分が違うものだったが・・・。