1921年、洋画家の小出楢重は渡欧するが、半年足らずで帰ってくる。
彼が言うに、ヨーロッパはつまらん、くだらん、どっさりとくだらんものがあるので絵描きをやめたくなった、などと。

1921年というと、今の我々からしてみれば、パリに華やかに個性の花開いた時代
…と、誰もが言うのでは無いだろうか。
ピカソ、ルオー、シャガールにユトリロに…
パスキンがパリのモンマルトルにアトリエを構えたのもこの年だし、
さぞかし小出はたくさんの、たくさんの、うんざりするほどの才に囲まれたんだろう。

そこで、自分の作品をどう描くかという事と、絵って何だろうと思ったはず。

1920年代、その不況と、第一次世界大戦後のロストジェネレーション。
にも関わらず増える「天才」画家。
くだらん、つまらんと言っておきながら、あの重厚な裸婦像は
どうみても日本画のそれではない。
人一倍勉強熱心だったはず。

なんだろう、小出が感じた「つまらん」は、現在の私にはとても身近に、よくわかるのだ。
周囲に漫画を描く人ははいて捨てるほどいる。
これだけ増えた挙げ句、価値観も多様化すれば、もう何が良くて何が良く無いのかもわからない。
自分にとっての「素晴らしい」は、誰かにとっては「くそつまらん」ものだろう。
だが、自分の感性を信じ通さなくては、何も描けない。

雑音は日々襲う。これでいいのか。自分はこうでいいのか。自分にできる事は何だ
だけどいつも、周囲の方が上手く見える。
学ぶ事は永遠にありそうにみえる。それをなんとかしようとしては、
また雑音にかき消される、上手くいかない自分がいる。

多くの才能に囲まれては
主義主張も山のよう。理論も山のようにあり、スタイルもそれぞれ
小出がルソーは褒めた、というのもなんとなくわかる。
彼がうんざりしてしまったのは、きっとパリでは
多くのスピーカーに囲まれた中で、どんな名曲も雑音にしか聞こえない
と、そういう事ではなかったろうか。
それは誰しもが、天才であった時代ではなく
実は、誰もが自分を天才と思い込み、どうしていいかに悩まされつつ、過ごした時代なのかもしれない。

ごく一部の気楽な性格の者にとっては、実に華やかで楽しかったのかもしれないが
一部の、深刻な性格の者には、憂鬱で寂しくてお先真っ暗で。
ユトリロもパスキンも鬱でアルコール中毒だ。

華やかなりし時代、と書くのは誰だろう。画家は皆、病んでいた。
小出はその状態で、どうしようもなく溢れ返るたくさんの「駄作」も目にしただろう。
しかし勿論そういう不健全な状況に対して正直に「つまらない」と言えば
途端、自分で自分の首を絞める事になる。敵を作る。
「わかってないのは偉そうなお前の方だ」
「そんなに言うならさぞかしスゴいの描くんだろうな、言うだけでなく実力を見せてみろ」

小出が日本で描いた阪神電車の線路の風景画がある。
43歳で亡くなる前の作品らしい。
「日曜美術館」(NHKエデュケーショナル編)1976年10月3日放送の中で
作家、石濱恒夫さんは、電線にとまっているのは小出自身だと語っている。

ボリュームたっぷりの裸婦から、この絵。
貧乏画家、落選、描きたいものとのギャップ
求められるもの、やらなければならない事、できない事、せめてできる事
雑音の中で、手探りで歩き続けただろう彼の精神がこの絵の鳥なのだろうか。
空はなんて高く眩しく、枯れ木はなんて重く地上に置かれているだろう。
シルエットの鳥が、妙に胸をはって見える。

くだらない、と思う事すら許されないような、そんな地上の枯れ木、それが我々かもしれないと思う。
線路である。
次の電車が来るまでは、つかの間、静かなのだろう。

--もちろん大画家。私と比べるなんて烏滸がましいのはわかっているわけだけど
なんとなく、その日々がわかってしまうのだ。
よし、めげてないで描こう とするその姿勢すらも、ね。


たのしい21世紀芸術-枯木のある風景