オーケストラも美術館も、あらゆる場所で今、不況のために苦しい試練を与えられている。
おそらく、かつてのようにプロとして誇を持って、その道一本で食べていこうとする者ほど苦しく
やめるかやめないかの二者択一に苦しむのだろう。
プロとしての誇を自分のアイデンティティに据えたら、なかなか趣味で片手間にとはいかないのだ。
本当の芸術家にとってのそれは人生の全てであり、今の全てでもある。
趣味ならば、いつか老後に、あるいはヒマができたら、それでいい。
しかしその者が本物であればあるほど、作品とは即興性を持つものだと、私は思う。
靉光の絵を見て、やっぱり私は画家としてのヒトラーの事も考えた。
と、同時に、20世紀の戦争とは結局何だったのか。
やっぱり考えずにはいられなかった。
まず間違いなく、それは人の心を豊かにしてくれるもの、
孤独な心の理解者として側にいてくれるものだと
何が本当かはわかりづらいが、そのくらい言うのは赦してほしい。
表現する側でなく、受け手の1人として。
植民地を広げる事、右翼と左翼
正しいものはどうして、一部の白人エリートが作った理想郷になくてはいけないのだろう?
私達日本人は、どうしていったらいいのだろう?
どうして世界で一番大きな国である米国が、アートと呼ぶものに対して
こんなにも懐疑の念を抱いてしまうのだろう?
芸術なんかにお金を出せない時代に審美眼を持つ事は
とても難い。
しかし、私は人が人の価値を認め、きちんと良いものを
プロ、アマ、国籍や型式、どんな技法にも理論にも縛られずに評価していく事が
必ず、暗い時代の夜明けに輝く明星、ヴィーナスにつながると信じている。
日本人は他国で評価されたものしか良いと認められないともよく耳にする。
そうじゃない。
今、創作の土台はあっても、評価の土台が出来ていないだけだ。
二次創作に可能性があると思ったのは
そこに優劣ではない、作品への愛情という、ひとつの評価方法の芽を見つけたからだった。
アメブロのジャンル設定に「芸術」って無い
どうしてこの国はこんなにも日常からアートを遠ざけたがるんだろうね。
もっと近くにあって楽しむものなのに。
おそらく、かつてのようにプロとして誇を持って、その道一本で食べていこうとする者ほど苦しく
やめるかやめないかの二者択一に苦しむのだろう。
プロとしての誇を自分のアイデンティティに据えたら、なかなか趣味で片手間にとはいかないのだ。
本当の芸術家にとってのそれは人生の全てであり、今の全てでもある。
趣味ならば、いつか老後に、あるいはヒマができたら、それでいい。
しかしその者が本物であればあるほど、作品とは即興性を持つものだと、私は思う。
靉光の絵を見て、やっぱり私は画家としてのヒトラーの事も考えた。
と、同時に、20世紀の戦争とは結局何だったのか。
やっぱり考えずにはいられなかった。
まず間違いなく、それは人の心を豊かにしてくれるもの、
孤独な心の理解者として側にいてくれるものだと
何が本当かはわかりづらいが、そのくらい言うのは赦してほしい。
表現する側でなく、受け手の1人として。
植民地を広げる事、右翼と左翼
正しいものはどうして、一部の白人エリートが作った理想郷になくてはいけないのだろう?
私達日本人は、どうしていったらいいのだろう?
どうして世界で一番大きな国である米国が、アートと呼ぶものに対して
こんなにも懐疑の念を抱いてしまうのだろう?
芸術なんかにお金を出せない時代に審美眼を持つ事は
とても難い。
しかし、私は人が人の価値を認め、きちんと良いものを
プロ、アマ、国籍や型式、どんな技法にも理論にも縛られずに評価していく事が
必ず、暗い時代の夜明けに輝く明星、ヴィーナスにつながると信じている。
日本人は他国で評価されたものしか良いと認められないともよく耳にする。
そうじゃない。
今、創作の土台はあっても、評価の土台が出来ていないだけだ。
二次創作に可能性があると思ったのは
そこに優劣ではない、作品への愛情という、ひとつの評価方法の芽を見つけたからだった。
アメブロのジャンル設定に「芸術」って無い
どうしてこの国はこんなにも日常からアートを遠ざけたがるんだろうね。
もっと近くにあって楽しむものなのに。