「白雪姫」を持ち出したのには理由がちゃんとある。わかりやすいから。
ストーリーというのは、そんなに何パターンもないし、無秩序無限にあっても理解されないのが多そうだ。
グリム童話やイソップ童話、日本昔話あたりや、世界の名作が、今でも残っているのは
皆が「面白い」と認めたからこそ残っているわけだし。
実際に手塚治虫はだいぶイソップ童話を参考にしていたらしい。
ここらへんは、大塚英志さんの「キャラクターメーカー」※という本に詳しい。
大塚さんのストーリーやキャラクター作法は参考になる。
が、その主なものは、関数だと思う。
主人公が、何かの関数に触れて、何かになる。変化の物語。
それはほぼ正論だと思う。
実際、フリーメーソンなどの秘密結社や錬金術の本を読んでみると、創作とは
「行って、死んで(何か掴んで)、新生」に他ならないとある。
ロラン・バルトあたりは、オルフェウスの冥界下りの話を持ち出す。
ところが、女性の眼でこれを読むと、1つだけしっくりこないのだ。
つまり、主人公がいて、何者かが別世界に誘い、一旦は否定するものの、
やがてそっちの世界で何かを掴み、戻ってくる(成長している)という物語。
それは、男子が、女性に性的に誘われ、童貞である時代はやや戸惑うが、
いつかは男として自立して、女を征服するというのに非常に似ているんじゃないか?
英雄譚は男のものではないのか、と思ったのだ。
というのは、女性、それもマリアでなくてイヴが
働く女性、というより男性社会で男性と同質のものとして帰属する場合
(それは男が社会のシステムを築いたので仕方ないこと)
それを除いて、女性らしくありつづけようとした場合はどうかという事だ。
女の自立は社会に出て働く事のみとは限らない。
確かに、自分の力を発揮して大活躍する、男性的な自己実現は誰もが納得するエンタである。
エド・はるみさんのように。あるいは、ウーマン・リブを唱えてきた先輩らのように。
しかし一方で、別にそうならなくてもいい女性もいるのではないだろうか。
それをダメというのは、何とも底の浅い価値観で、
実は停滞の中で何もかもを包み込んで成立する、イヴ変身後の聖母のような存在、
何か成すのでなく、愛する人に祈りをもって支え続ける事こそ、自己であるとする人もいるのではないか。
というより、いてはならないのに、男中心社会の中で、その聖母的なものはどんどん否定され、駆逐されていってるのではないか? とも思うのだ。
女性にとっては、もしかしたら愛する人と永遠に「めでたし」が自立なのかもしれない。
それは、1人で立つ事を鉄則とし、自己実現のために別離を選ぶ男性とは別なものだ。
「悪いな…俺には自分の道がある。男のロマンのためにオマエとは別れる」
というのは、無責任な男の言い分であって、女はそれを許さんのではないか?
「命をかけてもあなたを一生お守りします」という、生命保険のCMのような!!
それが王子の条件で。
フラフラして何人もの女をタラシているヤツにすら「オマエが最後の女」「やっぱりお前が1番」というのを望むのでは?
そうすると、ストーリー作法の見方も多少変わってくる。
「冬のソナタ」でユジンは、どう成長したのだろう?
大好きな恋人との死別で、結末を迎えるキャラは多い。
しかし、女の子が1つの死でもし、得る事ができるものがあるとすれば
それは「変化」とは逆のもので、永遠の愛に対する確信ではないか、と思うのだ。
死んでしまえば、相手の心は変化しない。
たしかに、面白い大ヒット作品が、スターウォーズだったりエヴァやガンダムだったりする、というのはわかる。
しかし、それだけが名作なんだろうか?
韓流がヒットしたのは、女性の力と好みに大きく起因しているだろうし。
ルーカス・スピルバーグだけが支持される世の中とは限らない。
男の成長は自立でも、女心の成長は大抵は「開き直り」だ。
恋人が誰と話してても嫌、って少女の状態が、やがて「亭主元気で留守がいい」になる。
でも、それは寂しさから仕方なく開きなおらせられているのであって
もしかしたら、女性は心からいつも、心を抱いてくれる人を望んでいるのではないか。
そして、男にとって闘うべき誘惑のリンゴは、いつも女性にとっては
真っ先に味わうべき、甘美なものなのかもしれない。
弱き者、汝の名は…ああ。
19世紀のフランスの作家が、女を口説くには「星・花・魂」だけでいいと言ったと
吉行淳之介が「恋愛論」で書いている。
これもその通りだと思う。
男子にとっての星は、飛雄馬のように目指すものだが、女性にとっての星はお祈りするものだ。
特に、星占いなんか宗教より信じてしまうぞ。
だから私はキャラを作らなきゃいけない時は、必ずルネ・ヴァンダール渡辺の占星術の本を見る。
花はファッション。10年前と同じ服はありえない。常に新しいファッション。
というのは、女性にとっては「老」は最大の恐怖だから。若くてキレイは最大の武器。(白雪姫)
そういうのを本能的に知っている。女性がミーハー的なのはそのせいもあるかもしれない。
理由は何にせよ、花を身につけて見せびらかしたいものなんだよ
そして「魂」
これはもう、言うまでもなく肉体的にソンしているから。処女膜破られて痛いのも、お産の時に痛いのも、
その後育児という重労働を押し付けられてしまうのも、
「愛があるからだわ」すら無ければ、誰がしますかそんな事。
ただし、もっと女性が男性化して、リアルなセックスから解放されれば、もしかしたら変わるかも。
もう一つ、加えるならば
女の敵とは何か。
少年漫画においての敵は、お互いを高め合うための「ちょっと自分より強いヤツ」
最後には「お前、強いな(ニコッ)」で友情。
結局、自己を克服する事で敵は倒せる。そして更に強い敵と闘う。
そうしてランクを上げていく。格下はアウトオブ眼中。ザコは特種な場合以外、どうでもいい。
そうだ、バトルの解説役でもやってもらおうか。
しかし、女の敵は、大抵嫉妬心からくる。もう最初から最終ボスだ。
自分より美人で、お金持ちで、才能もあって完璧な人。
女性にとって、友達になりたいと思うタイプは、どちらかといえば「格下」なのである。
しかし、けしてザコ扱いはしない。実はザコこそ大事だ。
「かわいそう」=「かわいい」として、母性本能にインプットされている。
激甘スイーツとラブラブなムードを楽しみ、理性でなく感情で動き
おもいきり「かわいそう」なドラマに涙して、さくさくと日常をこなし
「愛はお金では買えないよね」といいつつ、「可愛かったんで服、衝動買いしちゃったv」
そして星占いでラブチャンスを確認し、
好きなあの人に近寄る敵は呪い殺すぞゴラ
女の子のレベルアップは、自立でなく「他立」とでもいうか…
1つの世界で女帝として君臨し、形無きものを守りつづけ、変わらない永遠の愛を得て、
全てを慈しむ存在として誇り高くある事。
つまり「篤姫」的なのだろうな。
女子って、すげぇ。
ともすれば変化無く、ムードだけの「山無しイミ無し落ち無し」に陥りがちなのだが。
ムードと「素敵v」を最優先しつつ、しかも物語を構築していくには
男性とは別の、女子のための作法が必要なのではないかと思う。
男子が、通過儀礼を通して再生をするという、行動の積み重ね、数学で言うと積分みたいなやり方でいくのなら
じゃあ女性は「微分」なんじゃないかと思う。
どうしよう、なんでこんなに好きになったの? どうすればいいの? と迷いながらも、
最後あたりでやっぱりあなたと一緒に。
なに、数学わかんにゃい?
「だーかーら、勇者のレベルが上がって、経験値はどんだけになりましたとかどーでもいいの。
ソレより、今どんな気持ち? 私の事好き? この一瞬ってきっと永遠よね」
それだよそれ。
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※参考文献
・キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」
大塚英志著 アスキー新書 062
ISBN978-4-04-870004-7 C1270
ストーリーというのは、そんなに何パターンもないし、無秩序無限にあっても理解されないのが多そうだ。
グリム童話やイソップ童話、日本昔話あたりや、世界の名作が、今でも残っているのは
皆が「面白い」と認めたからこそ残っているわけだし。
実際に手塚治虫はだいぶイソップ童話を参考にしていたらしい。
ここらへんは、大塚英志さんの「キャラクターメーカー」※という本に詳しい。
大塚さんのストーリーやキャラクター作法は参考になる。
が、その主なものは、関数だと思う。
主人公が、何かの関数に触れて、何かになる。変化の物語。
それはほぼ正論だと思う。
実際、フリーメーソンなどの秘密結社や錬金術の本を読んでみると、創作とは
「行って、死んで(何か掴んで)、新生」に他ならないとある。
ロラン・バルトあたりは、オルフェウスの冥界下りの話を持ち出す。
ところが、女性の眼でこれを読むと、1つだけしっくりこないのだ。
つまり、主人公がいて、何者かが別世界に誘い、一旦は否定するものの、
やがてそっちの世界で何かを掴み、戻ってくる(成長している)という物語。
それは、男子が、女性に性的に誘われ、童貞である時代はやや戸惑うが、
いつかは男として自立して、女を征服するというのに非常に似ているんじゃないか?
英雄譚は男のものではないのか、と思ったのだ。
というのは、女性、それもマリアでなくてイヴが
働く女性、というより男性社会で男性と同質のものとして帰属する場合
(それは男が社会のシステムを築いたので仕方ないこと)
それを除いて、女性らしくありつづけようとした場合はどうかという事だ。
女の自立は社会に出て働く事のみとは限らない。
確かに、自分の力を発揮して大活躍する、男性的な自己実現は誰もが納得するエンタである。
エド・はるみさんのように。あるいは、ウーマン・リブを唱えてきた先輩らのように。
しかし一方で、別にそうならなくてもいい女性もいるのではないだろうか。
それをダメというのは、何とも底の浅い価値観で、
実は停滞の中で何もかもを包み込んで成立する、イヴ変身後の聖母のような存在、
何か成すのでなく、愛する人に祈りをもって支え続ける事こそ、自己であるとする人もいるのではないか。
というより、いてはならないのに、男中心社会の中で、その聖母的なものはどんどん否定され、駆逐されていってるのではないか? とも思うのだ。
女性にとっては、もしかしたら愛する人と永遠に「めでたし」が自立なのかもしれない。
それは、1人で立つ事を鉄則とし、自己実現のために別離を選ぶ男性とは別なものだ。
「悪いな…俺には自分の道がある。男のロマンのためにオマエとは別れる」
というのは、無責任な男の言い分であって、女はそれを許さんのではないか?
「命をかけてもあなたを一生お守りします」という、生命保険のCMのような!!
それが王子の条件で。
フラフラして何人もの女をタラシているヤツにすら「オマエが最後の女」「やっぱりお前が1番」というのを望むのでは?
そうすると、ストーリー作法の見方も多少変わってくる。
「冬のソナタ」でユジンは、どう成長したのだろう?
大好きな恋人との死別で、結末を迎えるキャラは多い。
しかし、女の子が1つの死でもし、得る事ができるものがあるとすれば
それは「変化」とは逆のもので、永遠の愛に対する確信ではないか、と思うのだ。
死んでしまえば、相手の心は変化しない。
たしかに、面白い大ヒット作品が、スターウォーズだったりエヴァやガンダムだったりする、というのはわかる。
しかし、それだけが名作なんだろうか?
韓流がヒットしたのは、女性の力と好みに大きく起因しているだろうし。
ルーカス・スピルバーグだけが支持される世の中とは限らない。
男の成長は自立でも、女心の成長は大抵は「開き直り」だ。
恋人が誰と話してても嫌、って少女の状態が、やがて「亭主元気で留守がいい」になる。
でも、それは寂しさから仕方なく開きなおらせられているのであって
もしかしたら、女性は心からいつも、心を抱いてくれる人を望んでいるのではないか。
そして、男にとって闘うべき誘惑のリンゴは、いつも女性にとっては
真っ先に味わうべき、甘美なものなのかもしれない。
弱き者、汝の名は…ああ。
19世紀のフランスの作家が、女を口説くには「星・花・魂」だけでいいと言ったと
吉行淳之介が「恋愛論」で書いている。
これもその通りだと思う。
男子にとっての星は、飛雄馬のように目指すものだが、女性にとっての星はお祈りするものだ。
特に、星占いなんか宗教より信じてしまうぞ。
だから私はキャラを作らなきゃいけない時は、必ずルネ・ヴァンダール渡辺の占星術の本を見る。
花はファッション。10年前と同じ服はありえない。常に新しいファッション。
というのは、女性にとっては「老」は最大の恐怖だから。若くてキレイは最大の武器。(白雪姫)
そういうのを本能的に知っている。女性がミーハー的なのはそのせいもあるかもしれない。
理由は何にせよ、花を身につけて見せびらかしたいものなんだよ
そして「魂」
これはもう、言うまでもなく肉体的にソンしているから。処女膜破られて痛いのも、お産の時に痛いのも、
その後育児という重労働を押し付けられてしまうのも、
「愛があるからだわ」すら無ければ、誰がしますかそんな事。
ただし、もっと女性が男性化して、リアルなセックスから解放されれば、もしかしたら変わるかも。
もう一つ、加えるならば
女の敵とは何か。
少年漫画においての敵は、お互いを高め合うための「ちょっと自分より強いヤツ」
最後には「お前、強いな(ニコッ)」で友情。
結局、自己を克服する事で敵は倒せる。そして更に強い敵と闘う。
そうしてランクを上げていく。格下はアウトオブ眼中。ザコは特種な場合以外、どうでもいい。
そうだ、バトルの解説役でもやってもらおうか。
しかし、女の敵は、大抵嫉妬心からくる。もう最初から最終ボスだ。
自分より美人で、お金持ちで、才能もあって完璧な人。
女性にとって、友達になりたいと思うタイプは、どちらかといえば「格下」なのである。
しかし、けしてザコ扱いはしない。実はザコこそ大事だ。
「かわいそう」=「かわいい」として、母性本能にインプットされている。
激甘スイーツとラブラブなムードを楽しみ、理性でなく感情で動き
おもいきり「かわいそう」なドラマに涙して、さくさくと日常をこなし
「愛はお金では買えないよね」といいつつ、「可愛かったんで服、衝動買いしちゃったv」
そして星占いでラブチャンスを確認し、
好きなあの人に近寄る敵は呪い殺すぞゴラ
女の子のレベルアップは、自立でなく「他立」とでもいうか…
1つの世界で女帝として君臨し、形無きものを守りつづけ、変わらない永遠の愛を得て、
全てを慈しむ存在として誇り高くある事。
つまり「篤姫」的なのだろうな。
女子って、すげぇ。
ともすれば変化無く、ムードだけの「山無しイミ無し落ち無し」に陥りがちなのだが。
ムードと「素敵v」を最優先しつつ、しかも物語を構築していくには
男性とは別の、女子のための作法が必要なのではないかと思う。
男子が、通過儀礼を通して再生をするという、行動の積み重ね、数学で言うと積分みたいなやり方でいくのなら
じゃあ女性は「微分」なんじゃないかと思う。
どうしよう、なんでこんなに好きになったの? どうすればいいの? と迷いながらも、
最後あたりでやっぱりあなたと一緒に。
なに、数学わかんにゃい?
「だーかーら、勇者のレベルが上がって、経験値はどんだけになりましたとかどーでもいいの。
ソレより、今どんな気持ち? 私の事好き? この一瞬ってきっと永遠よね」
それだよそれ。
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※参考文献
・キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」
大塚英志著 アスキー新書 062
ISBN978-4-04-870004-7 C1270