「大琳派展」があるそうで。尾形光琳生誕350年。
行きたい! ああーそうそう上京できなくて辛い!
先日書いた現代アートについての本で、何が1番痛かったって
やはりこの人、「オリジナル至上主義」の人。
「本物を見た人にはかなわないわよ」という優越感がどこかに見え隠れする。
確かに、オリジナルはものすごい力を持っている。
見た人はそれなりの労力もお金も使うわけで、私もロンドンであれを観た、これを観た
挙げ句、「本物でないと、モネの良さはわからない」などと軽く自慢したりもした。
なんせちっさい人間なので。
私の所には、イベントの度にいろんなジャンルの人から「新刊です」
といってパロディ本が届く。
もちろん、全部のジャンルは知るはずがなく、それなりに「そうなのか」と思って読む。
「テニスの王子様」の時なんかは、原作知らずに同人誌もらって、
更にアニメでハマった。そこでやっと原作コミックを読む気になったのだが、
いただいたパロディ本の方が原作より絵が上手くて(マジで)
…コミックス買ったら「あれ?」
と。違和感すら覚えた。
迫力はもちろんオリジナルだったかもしれないが。
それは「うーん、少年ジャンプの"少年漫画"だからなあ…。同人誌は乙女向けで少女漫画の感性だしなあ」とも思ったりもした。
ところで、琳派を何故って
「風神雷神図屏風」
これって俵屋宗達の描いたものとばかり思っていた。
あんまりここらへんの日本の美術には詳しくないので
尾形光琳が模写していたのを知らなかった。
…いや、私のどこかにも、模写についての話に拒否反応を示すナニカがあったのかもしれない。
逃げちゃダメだ! …なのに、無意識に避けたのかもしれない。
(パロディなんてパク…そこからが辛…)
詳細はここで
「風神雷神図屏風」
しかも更に酒井抱一が模写!
酒井に関しては名前しか知らなんだ。私にはもう「模写した人」として定義されてしまったぞ! オイ。
見比べる。
酒井は全くオリジナルを知らなかったのか…。
それはアレだ、原作コミックス知らんけどアニメ観て出したパロディ本とか
ゲームやった事ないですけど、アニメ観て~とか。
「やっぱりオリジナルにはかなわないと思う」
が、本当に正直な感想なのか、それとも「オリジナリティを評価できる自分は偉いと思う」という感想なのか。
この評価に正しい結論を出せるのは、全く知識の無い人だけだ。
たとえば、全く日本の美術を知らない外国人。
西洋人はダメだ! バヌアツあたりの人に!!
もしくは幼稚園児あたり。
それぞれの違いを読んでいくと、なんだか性格が見えてきた。
オリジナルの2神は地上を見下ろしている。
天才肌で自由奔放、しかも鳥のような目をしていたのではないかと思われる俵屋宗達。
横尾忠則とか。葛飾北斎とか。なんかそーいう…天才っぽい。
比べて、尾形光琳はやや繊細で、目線は2神が互いにライバル視。
全体を入れたがる構図、黒雲の多さ。
生涯についてはよく知らないが「アンタ、売れたかったでしょ? けっこう腹黒い」
描いてる人間の直観でそう思う。
どことなく「プロで商業誌で活躍してまーす」に近いニオイを感じるが。
サービス精神が見え隠れする部分がビジネスライク。
しかし、注目すべきは、第三世代酒井だ。
「えっ、そーなんですかぁ? オリジナルあるんすかふーん」
的な…
なんだその器用っぽい、お気楽な空気は!!
どうしたのだそのこだわりの無いコピーは!
恐ろしや…。
俵屋はそれなりにこだわりがある。道を切り開くというのは、信念も無いとできないから。
すさまじいエネルギーがいる。表現自体に重点を置く。
尾形光琳になると、先代を気にしつつも技術的で、観られる事に重点を置き始める。
問題はその次だ。
なぜそうもあっけらかんと!!
柳原可奈子や中川翔子、携帯小説世代のカラーを観てしまうのは何だろうなあ…。
「オレ等の世代っていったい…」
行きたい! ああーそうそう上京できなくて辛い!
先日書いた現代アートについての本で、何が1番痛かったって
やはりこの人、「オリジナル至上主義」の人。
「本物を見た人にはかなわないわよ」という優越感がどこかに見え隠れする。
確かに、オリジナルはものすごい力を持っている。
見た人はそれなりの労力もお金も使うわけで、私もロンドンであれを観た、これを観た
挙げ句、「本物でないと、モネの良さはわからない」などと軽く自慢したりもした。
なんせちっさい人間なので。
私の所には、イベントの度にいろんなジャンルの人から「新刊です」
といってパロディ本が届く。
もちろん、全部のジャンルは知るはずがなく、それなりに「そうなのか」と思って読む。
「テニスの王子様」の時なんかは、原作知らずに同人誌もらって、
更にアニメでハマった。そこでやっと原作コミックを読む気になったのだが、
いただいたパロディ本の方が原作より絵が上手くて(マジで)
…コミックス買ったら「あれ?」
と。違和感すら覚えた。
迫力はもちろんオリジナルだったかもしれないが。
それは「うーん、少年ジャンプの"少年漫画"だからなあ…。同人誌は乙女向けで少女漫画の感性だしなあ」とも思ったりもした。
ところで、琳派を何故って
「風神雷神図屏風」
これって俵屋宗達の描いたものとばかり思っていた。
あんまりここらへんの日本の美術には詳しくないので
尾形光琳が模写していたのを知らなかった。
…いや、私のどこかにも、模写についての話に拒否反応を示すナニカがあったのかもしれない。
逃げちゃダメだ! …なのに、無意識に避けたのかもしれない。
(パロディなんてパク…そこからが辛…)
詳細はここで
「風神雷神図屏風」
しかも更に酒井抱一が模写!
酒井に関しては名前しか知らなんだ。私にはもう「模写した人」として定義されてしまったぞ! オイ。
見比べる。
酒井は全くオリジナルを知らなかったのか…。
それはアレだ、原作コミックス知らんけどアニメ観て出したパロディ本とか
ゲームやった事ないですけど、アニメ観て~とか。
「やっぱりオリジナルにはかなわないと思う」
が、本当に正直な感想なのか、それとも「オリジナリティを評価できる自分は偉いと思う」という感想なのか。
この評価に正しい結論を出せるのは、全く知識の無い人だけだ。
たとえば、全く日本の美術を知らない外国人。
西洋人はダメだ! バヌアツあたりの人に!!
もしくは幼稚園児あたり。
それぞれの違いを読んでいくと、なんだか性格が見えてきた。
オリジナルの2神は地上を見下ろしている。
天才肌で自由奔放、しかも鳥のような目をしていたのではないかと思われる俵屋宗達。
横尾忠則とか。葛飾北斎とか。なんかそーいう…天才っぽい。
比べて、尾形光琳はやや繊細で、目線は2神が互いにライバル視。
全体を入れたがる構図、黒雲の多さ。
生涯についてはよく知らないが「アンタ、売れたかったでしょ? けっこう腹黒い」
描いてる人間の直観でそう思う。
どことなく「プロで商業誌で活躍してまーす」に近いニオイを感じるが。
サービス精神が見え隠れする部分がビジネスライク。
しかし、注目すべきは、第三世代酒井だ。
「えっ、そーなんですかぁ? オリジナルあるんすかふーん」
的な…
なんだその器用っぽい、お気楽な空気は!!
どうしたのだそのこだわりの無いコピーは!
恐ろしや…。
俵屋はそれなりにこだわりがある。道を切り開くというのは、信念も無いとできないから。
すさまじいエネルギーがいる。表現自体に重点を置く。
尾形光琳になると、先代を気にしつつも技術的で、観られる事に重点を置き始める。
問題はその次だ。
なぜそうもあっけらかんと!!
柳原可奈子や中川翔子、携帯小説世代のカラーを観てしまうのは何だろうなあ…。
「オレ等の世代っていったい…」