小さい頃の話だ。
両親は実家から離れた場所で経営する書店にずっと働いていたため、たまに店番と称しては書店にいた。
倉庫代わりになっている部屋があり、ブックケースは積み木であり、ジャングルジムでもあり、
少し大きくなると、在庫の倉庫はいろんな事を教えてくれる人らのいるサロンのようだった。
本屋だからといって、どんな本でも読み放題かというとそうはいかず、汚したりすれば店の買い取りになって損をするので、商品の扱いにはかなり厳しかった。
平積み用の台の上に腰掛けた時なんかは、「お前は人様の顔の上に尻を乗せるのか」とひどく叱られた。
本は、人の心を表したものだ、本の表紙は堂々たる、その思想の顔なのだ。こんなに失礼な事があるか、
母は私にそう教えた。本と人は、イコールされるものだった。
中学の時、国語の教師にどこの書店かと訊ねられたので、「路面電車の呉服町駅を降りてすぐの」と説明したら、先生はご存知で「あそこは明治時代からずっと書店で、書生さんには有名な所」という事だった。
うちなんか田舎町の小さい書店だと思っていたから、「熊本大学の学生など、よく知っている書店だ」と聞くと、誇らしかった。
父は、マンガを置く事すらどちらかと言えば納得しそうにない「もっこす」で、昔ながらの書店を引き継いだプライドもあったのだろう、良書を置こうと努めていた。狭い店内だが、店の半分以上をマンガや雑誌で占める事は無かった。
私は売れなくなったヘッセの全集を一冊ちょろまかし、面白かったのでわざとカバーを破いたりした。(だって返本できなくなったら買ってもらえるから。すいません…)
その他、学習雑誌の付録の予備はタダでもらえたり、「中1時代」や「中1コース」のサービスの万年筆は何本ももらえたりした。(何本も持っててもしょうがないのだが)
しかし、ただベストセラーとマンガによって市場が形成されていく中、売れない思想書を置く本屋がどうなっていったか、おわかりいただけると思う。
母の死後、倒産寸前の店で、父は今までのプライドを捨て、ヤケになって、そして背に腹は…の気で「ビニ本」すら置いた。商売である以上、本の質なんかより消費される物を選択しなくてはならなかったのだろう。私にはそれがやるせなかった。
今も、良書を扱う老舗の古本屋や出版社が潰れるという話を聞く度に、心が痛む。
かつて、まだインターネットなどが無かった頃、町の本屋というのは、庶民に1番身近に所で、文化的、精神的な基盤を支えていた。
お寺や教会とまではいかなくても、正しい言葉、美しい言葉を届ける事は、書店を経営している両親には、やりがいのある仕事であったのだと思う。
著者は、一発でデリートできないゆえに、岩に刻むような気持ちで書き、出版社はそのまがい無き言葉を最もいい状態で広める仕事に誇を持っていた。
書物は、ただの物質ではない。座右に常に置かれている本というものは、常に寄り添ってくれる心強い友人であったはずなのだ。
ノウハウや色々な知識を得るために読む人もいるかもしれない。しかし、そればかりが読書ではない。
本の面白さを知る人は、導かれるようにして知り合い、語り合うように読むのだ。
いつしか、どこの書店も売れる本しか置かなくなった。売れるものを置かなければ、成り立たないのだから仕方ないのだが。
市場が本の価値を決めてしまう現代のどこが、自由なのだろうか。
今求められる表現の自由とは、18禁を規制するか否かではない。市場では売れない書物が、駆逐されてしまう事のないようにすべきなのだろう。
インターネットは確かに手軽である。しかし、膨大な情報とみせかけの自由は、言葉の意義そのものを失わせる。良い文化に触れていない人間は精神的にも貧しい。
町の書店や小さな出版社は、文化的なインフラストラクチャーだ。
暮らしていくために上下水道や交通網、通信網を整備するように、精神面を支える基盤が、人には必要なのだ。その基盤の無い場所にいる者達は、まず道徳を失う。真実を見失って虚しい消費に走る。
そうしなければいけない、と大上段の構えで言う気はないが、ネット以外の部分で、良書と出会いやすい環境の整備は必要だろう。
もし、国に期待しても仕方が無い場合はどうするか。
それは、市場を動かす我々が、魂が求めるものがどこにあるのかを知る事だ。
両親は実家から離れた場所で経営する書店にずっと働いていたため、たまに店番と称しては書店にいた。
倉庫代わりになっている部屋があり、ブックケースは積み木であり、ジャングルジムでもあり、
少し大きくなると、在庫の倉庫はいろんな事を教えてくれる人らのいるサロンのようだった。
本屋だからといって、どんな本でも読み放題かというとそうはいかず、汚したりすれば店の買い取りになって損をするので、商品の扱いにはかなり厳しかった。
平積み用の台の上に腰掛けた時なんかは、「お前は人様の顔の上に尻を乗せるのか」とひどく叱られた。
本は、人の心を表したものだ、本の表紙は堂々たる、その思想の顔なのだ。こんなに失礼な事があるか、
母は私にそう教えた。本と人は、イコールされるものだった。
中学の時、国語の教師にどこの書店かと訊ねられたので、「路面電車の呉服町駅を降りてすぐの」と説明したら、先生はご存知で「あそこは明治時代からずっと書店で、書生さんには有名な所」という事だった。
うちなんか田舎町の小さい書店だと思っていたから、「熊本大学の学生など、よく知っている書店だ」と聞くと、誇らしかった。
父は、マンガを置く事すらどちらかと言えば納得しそうにない「もっこす」で、昔ながらの書店を引き継いだプライドもあったのだろう、良書を置こうと努めていた。狭い店内だが、店の半分以上をマンガや雑誌で占める事は無かった。
私は売れなくなったヘッセの全集を一冊ちょろまかし、面白かったのでわざとカバーを破いたりした。(だって返本できなくなったら買ってもらえるから。すいません…)
その他、学習雑誌の付録の予備はタダでもらえたり、「中1時代」や「中1コース」のサービスの万年筆は何本ももらえたりした。(何本も持っててもしょうがないのだが)
しかし、ただベストセラーとマンガによって市場が形成されていく中、売れない思想書を置く本屋がどうなっていったか、おわかりいただけると思う。
母の死後、倒産寸前の店で、父は今までのプライドを捨て、ヤケになって、そして背に腹は…の気で「ビニ本」すら置いた。商売である以上、本の質なんかより消費される物を選択しなくてはならなかったのだろう。私にはそれがやるせなかった。
今も、良書を扱う老舗の古本屋や出版社が潰れるという話を聞く度に、心が痛む。
かつて、まだインターネットなどが無かった頃、町の本屋というのは、庶民に1番身近に所で、文化的、精神的な基盤を支えていた。
お寺や教会とまではいかなくても、正しい言葉、美しい言葉を届ける事は、書店を経営している両親には、やりがいのある仕事であったのだと思う。
著者は、一発でデリートできないゆえに、岩に刻むような気持ちで書き、出版社はそのまがい無き言葉を最もいい状態で広める仕事に誇を持っていた。
書物は、ただの物質ではない。座右に常に置かれている本というものは、常に寄り添ってくれる心強い友人であったはずなのだ。
ノウハウや色々な知識を得るために読む人もいるかもしれない。しかし、そればかりが読書ではない。
本の面白さを知る人は、導かれるようにして知り合い、語り合うように読むのだ。
いつしか、どこの書店も売れる本しか置かなくなった。売れるものを置かなければ、成り立たないのだから仕方ないのだが。
市場が本の価値を決めてしまう現代のどこが、自由なのだろうか。
今求められる表現の自由とは、18禁を規制するか否かではない。市場では売れない書物が、駆逐されてしまう事のないようにすべきなのだろう。
インターネットは確かに手軽である。しかし、膨大な情報とみせかけの自由は、言葉の意義そのものを失わせる。良い文化に触れていない人間は精神的にも貧しい。
町の書店や小さな出版社は、文化的なインフラストラクチャーだ。
暮らしていくために上下水道や交通網、通信網を整備するように、精神面を支える基盤が、人には必要なのだ。その基盤の無い場所にいる者達は、まず道徳を失う。真実を見失って虚しい消費に走る。
そうしなければいけない、と大上段の構えで言う気はないが、ネット以外の部分で、良書と出会いやすい環境の整備は必要だろう。
もし、国に期待しても仕方が無い場合はどうするか。
それは、市場を動かす我々が、魂が求めるものがどこにあるのかを知る事だ。