ルネサンス以前の中世を「暗黒時代」と呼ぶのかどうか再考する動きがあるようだが
ふっと、私は(ゴシックとはまるで関係無いのだが)陰陽道の事を思い出した。
陰と陽。陽は精神、陰は肉体。だから漢字の「月」は肉を表す。
陽は太陽、男性的で陰は月、女性的。
もしも時代が陰陽で流転している、としたら、ゴシックはやっぱり女性的な時代なのかもしれない。
ゴシック、中世の信仰は聖母信仰である。キリストよりマリア様が人気だった。
ゴシック・リバイバルというと、真っ先に思い浮かんだのが英国国会議事堂のビッグ・ベンだった。
そういやラスキンがゴシック好きでゴシック博物館がどーのこーの言ってたのは19世紀半ば。
という事で、私はゴシック・リバイバルは英国19世紀半ば頃? と勘違いしていたのだが。
ちょっと調べたら、フランスではシャトーブリアンが提唱した…とあった。
シャトーブリアンといえば、ステーキ…ではなくて、政治家でロマン主義の作家だ。
はて、19世紀半ばよりもっと前なはず?
更に調べたら、やっぱりシャトーブリアンは19世紀半ばには亡くなっているから、18世紀末の人という事になる。
じゃあ言い出しっぺは誰だ?
講談社現代新書「ゴシックとは何か」坂井健 によると
1749年、政治家ウォルポールの四男が土地を買って、そこの邸宅をゴシック風に改造したのがはじまり。「ストロベリー・ヒル」という。
調べたら、公式サイトがあった。
ストロベリー・ヒル
だいたいロマン主義くらいからか。
(という事は、19世紀末くらいまで軽く一世紀半もやってるわけだ?)
ロマン主義というと、喜劇よりは「悲劇」。不安、憂鬱、現実よりは非現実(現実逃避)
ゴシック的なものに憧れる世界は、精神的に脆い事の裏返しでもある。
それは、単刀直入にいうなら、「サザエさん」と対極に位置すると言っていいかもしれない。
ゴスの彼女達のすぐ側には、常に優しく囁く、自分の我が儘を叱らないという点で非社会的な悪魔と、
社会が全て正しいとは思えず、その世の中の穢れにだけは染まりたくないという点での天使が共存している。
また、怪奇幻想、神秘趣味といった点ではロマン主義的だが、主体や情熱、個性の点ではロマン主義といえない。
ごったまぜと、何でもアリと、傷つきたくない心理とカワイソウ心理。
と、あまり言うのはカワイソウか。
で、今、頭に「私、人によく変わってるって言われるんですよぉ」と言ったゴス少女の言葉がまわっている。
はたして、一見似たようなゴスロリファッションで、街中でその「国民服」を着ている者と初対面でもメールアドレスを交換する、彼女達は個性的なのか、没個性的なのか。
「NANA」に登場するゴス少女、偽名「上原美里」(主人公大崎ナナのおっかけ少女)は個性的なのか、ごくフツウなのか。
○○系というカテゴリの中に存在する、もしくは強制的にいれられてしまうアバターで選んで作られた自分の仮の姿は「個性的」なのかどうか。
本当の自分とは何かというものと、世の中に望まれ、決められる「自分とはどうあるべきなのか」
現代はそういうジレンマを抱えている。
そのせいかゴシック好き芸術家には社会主義者が多いが、おそらく少女達はマルクスは読んでないだろうなあ…。
世の中が自分の価値を決めるのか、それとも自分の価値は自分が決めるのか。
で、いったい世の中は何をフツウとおっしゃりたいのか。
そういう、とこなんだろうな。
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参考文献「ゴシックとは何か」酒井健 講談社現代新書 ISBN4-06-149487-2
ふっと、私は(ゴシックとはまるで関係無いのだが)陰陽道の事を思い出した。
陰と陽。陽は精神、陰は肉体。だから漢字の「月」は肉を表す。
陽は太陽、男性的で陰は月、女性的。
もしも時代が陰陽で流転している、としたら、ゴシックはやっぱり女性的な時代なのかもしれない。
ゴシック、中世の信仰は聖母信仰である。キリストよりマリア様が人気だった。
ゴシック・リバイバルというと、真っ先に思い浮かんだのが英国国会議事堂のビッグ・ベンだった。
そういやラスキンがゴシック好きでゴシック博物館がどーのこーの言ってたのは19世紀半ば。
という事で、私はゴシック・リバイバルは英国19世紀半ば頃? と勘違いしていたのだが。
ちょっと調べたら、フランスではシャトーブリアンが提唱した…とあった。
シャトーブリアンといえば、ステーキ…ではなくて、政治家でロマン主義の作家だ。
はて、19世紀半ばよりもっと前なはず?
更に調べたら、やっぱりシャトーブリアンは19世紀半ばには亡くなっているから、18世紀末の人という事になる。
じゃあ言い出しっぺは誰だ?
講談社現代新書「ゴシックとは何か」坂井健 によると
1749年、政治家ウォルポールの四男が土地を買って、そこの邸宅をゴシック風に改造したのがはじまり。「ストロベリー・ヒル」という。
調べたら、公式サイトがあった。
ストロベリー・ヒル
だいたいロマン主義くらいからか。
(という事は、19世紀末くらいまで軽く一世紀半もやってるわけだ?)
ロマン主義というと、喜劇よりは「悲劇」。不安、憂鬱、現実よりは非現実(現実逃避)
ゴシック的なものに憧れる世界は、精神的に脆い事の裏返しでもある。
それは、単刀直入にいうなら、「サザエさん」と対極に位置すると言っていいかもしれない。
ゴスの彼女達のすぐ側には、常に優しく囁く、自分の我が儘を叱らないという点で非社会的な悪魔と、
社会が全て正しいとは思えず、その世の中の穢れにだけは染まりたくないという点での天使が共存している。
また、怪奇幻想、神秘趣味といった点ではロマン主義的だが、主体や情熱、個性の点ではロマン主義といえない。
ごったまぜと、何でもアリと、傷つきたくない心理とカワイソウ心理。
と、あまり言うのはカワイソウか。
で、今、頭に「私、人によく変わってるって言われるんですよぉ」と言ったゴス少女の言葉がまわっている。
はたして、一見似たようなゴスロリファッションで、街中でその「国民服」を着ている者と初対面でもメールアドレスを交換する、彼女達は個性的なのか、没個性的なのか。
「NANA」に登場するゴス少女、偽名「上原美里」(主人公大崎ナナのおっかけ少女)は個性的なのか、ごくフツウなのか。
○○系というカテゴリの中に存在する、もしくは強制的にいれられてしまうアバターで選んで作られた自分の仮の姿は「個性的」なのかどうか。
本当の自分とは何かというものと、世の中に望まれ、決められる「自分とはどうあるべきなのか」
現代はそういうジレンマを抱えている。
そのせいかゴシック好き芸術家には社会主義者が多いが、おそらく少女達はマルクスは読んでないだろうなあ…。
世の中が自分の価値を決めるのか、それとも自分の価値は自分が決めるのか。
で、いったい世の中は何をフツウとおっしゃりたいのか。
そういう、とこなんだろうな。
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参考文献「ゴシックとは何か」酒井健 講談社現代新書 ISBN4-06-149487-2