今年、横浜で「ゴス」展が開催された時のレビューやインフォメには、「ゴス」の由来は中世ゴシックだがあまり関係は無い…というような事があちこちに書かれていた。

そもそも日本でゴス? のきっかけになるような、ゴスロリのファッションをおはじめになられたのは(うやうやしく敬語)MALICE MIZERのMANA様かと思うが、広義であれ狭義であれ、やっぱり今日のゴスはれっきとした日本での、ゴシック・リバイバルなのではないかと思う。
人は全く無関係のものには惹かれない。感覚的に惹かれるものには実は理由がある。

本日付読賣新聞文化面に、"日本は「ポストモダンの実験室」"という記事が載っており、東浩紀さんの講義について書かれていた。
ヨーロッパの思想家も日本のアニメ、ゲームやオタク業界には注目しているのだという事だ。
東氏の「動物化するポストモダン」(講談社現代新書)は私も興味深く読んだが、
東さんが触れて指摘しているのは、主にコミケ三日目の人達だ。つまり、男性オタク。
コミケ以外の同人誌イベントは圧倒的に女性が多い。
男性オタクだけでこの世の思想とやらが進んで行ってるのだ、と定義してしまうなら話は別だが。
ちょっとそれは…どうか。

東氏は上紀の著書の中で「ポストモダンのデータベース型世界では、もはや大きな共感だの存在しえないからだ。そして現在のオタク系作品の多くは、明らかに、その動物的処理の道具として消費されている」
とある。
なるほど、コミケ三日目はそうなのか。私は三日目には出た事がなく、十年間、一日目女性メインの市場、現場にいた。
「最近の同人誌は同じ趣味で横につながらず、エロ本消費に徹している」か。
そういえば「萌えは共有しないしできない」と男性オタクは言う。

それは女性にはちょっとあてはまらない気がする。
腐女子の世界も、上の「貴腐人」世代と比べて孤立化、性描写の方に傾いているのは確かだが。
しかし、その頽廃には(仮に頽廃と呼べるなら)商業化、市場主義という裏事情があるからだ。
「売りたい」を抜きにして自然発生する同人誌を知りたいなら、金の絡まない所を見るに限る。
では、ウェブサイトにある「ドリーム小説」はどうだろう。名前欄に自分の名前を入力すれば
小説の中で好きな相手に、愛の言葉をささやいてもらえ、物語に入り込んで架空のデートが楽しめるという趣旨のものだ。
ドリーム小説に最初からエロシーンを求めるかどうか。(まあそういうシーンも入れるとしても、そこにどうもっていくかが作家の腕の見せ所と思う)

男性の恋愛は常にピグマリオンである。結局「物」が好きで、フィギュア好きで、女は「俺の"物"」なわけだ。感情が無くてもセックスできる。
しかし、女性はそうはいかないのだよ。特に、未経験の処女は。物よりも愛の囁きが欲しい。ずっと側にいて優しくしてほしい。男性よりもずっと、貞操観念は大きい。
まるで、シラノ・ド・ベルジュラックの正体を知らなくても、その声と囁きにうっとりするロクサーヌだ。
元来、女性は男性より、言葉や声を愛する。

つまり、男性オタクよりもずっと、観念的なのだ。基本、男性優勢の場所では「物」にされてしまう側なのだ。
だが、女性は出産する性として、聖母マリアの道を選ぶ時、いつしかその男性の我が儘すら受け入れる。受け入れざるを得ない、と言ったが正しいかもしれない。
フェティシズムは男性特有のものである。(極端に男性化した女性は別だが)

観念的なものを愛している彼女達は、横へのつながりを放棄していない。
ライブに行けば、ファン同士、国境も年齢も超えてメールのやりとりをしているし、
かつて芝居を見た後、お茶してお喋りに花を咲かせたように、女性は基本的にミーハーであり
そんなに「物」に執着しない。女性は萌えを共有できるのでは、と私は見ている。

ゴスをここで取り上げるのは、少女達が多分無意識的に趣味で選んだ「ゴシック」の世界は
男性オタクの世界とは異なり、そんなに孤立化していない事がまずあるからだ。

それと、もしかしたらゴシック、ゴシック・リバイバル、ゴスの流れを読み解く事で
男性的な「物」社会、全てはお金と物であるとされる中で、失ってしまった社会主義について再考できるのではないか、と思うのだ。
また、いくら女性は動物化しにくくても、確かに多少は男性化している側面があるのも事実。
これは、女性の社会進出、少子晩婚化とも関係しているので、そこらへんにも触れていきたい。

(忘れちゃいけない、ヨーロッパがポストモダンの実験としてニヤニヤ見ている同人誌市場、
それを作っていってるのは学者ではなくて、今原稿を描こうとしている貴方だという事。
今、サイト用ドリーム小説を書こうとしている貴方だという事。
貴方達はまさに世界の最先端にいるのですよ!! 良いものを書いてね!)

私は東さんとはちょっと違った角度で、女性(それも貴腐人/腐女子)の立場で、美術史、文学史、そして恋愛の方から現代思想、情報化社会と「個」の方に歩いていってみようと思う。

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参考文献「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」東浩紀 (講談社現代新書 ISBN4-06-149575-5)

読賣新聞4/29付朝刊文化面 日本は「ポストモダンの実験室」/カンタン・コリーヌ