ボン・ジョヴィが流行っていた頃、大学の美術の講義にはイタリアから前衛の講師が招かれ、
まるで「前衛、抽象こそ本当の芸術です(他はクソです)」のような言い方をしていた。
私は文藝にいたが、恋人が美術科だったので、こっそり混じって横で聴講していた。
抽象は、心の表現だからはっきりした形は無い。それが何かわからない人は芸術の何たるかを知らないのです!!
て、待て待て。それじゃあアンタ、古典こそ芸術であります、とした人達と同じじゃないのか?
頭ごなしに上の世代が押し付けるもの全てに反抗せずにはおれない、私が青二才だったとはいえ
とにかく、当時は岡本太郎万歳! というかんじで、そのようなもの以外は認めてくれなそうなかんじだった。(さらにその上の世代の、高齢の教授はわかってくれたが)
「そんな高飛車なものはやりたくない!」 と言って、大学を捨てていきなり飛び込んだのがコミック、漫画。それもオリジナルでなくパロディマンガの世界。1年間同人誌をやり、雑誌に投稿と持ち込みをしたのがデビューのきっかけだった。
土曜日はそんな事を思い出しながら、和歌山の近代美術館にいた。
「叙情の様式」というモダンアートのコレクションとポップアートその他を観た。
「叙情の様式」にあったのは、恩地孝四郎と村井正誠。
恩地孝四郎(1891-1955)は版画と装飾本をやった人で、言ってみれば少部数の同人誌。
生前は売れなかったらしいが、幾つかの素晴らしい詩と版画作品を残している。
これと別に、石垣栄太郎(1892-1966)という画家の没後50年の特別展があった。具象画だ。
1909年、移民として渡米して画家になった和歌山県民。
1925年の「街」はニューヨーク、街の人らが流行のファッションに身を包むも、まるで葬式のような空気に包まれている。
1925年「拳闘」は画面いっぱいの迫力あるボクシング。楽しそうというより、「ヤケだ、そいつ殴れ!」
まだここらへんまでは、不安を抱えつつもそれなりの活気ある街だ。
石垣は、1929年に社会主義運動ジョン・リード・クラブ結成に参加
世界恐慌後ニューディール政策の一環として行われた連邦美術計画に参加した。
しかし日本は敵国となる。
石垣の絵はどんどん変化していく。
1937「K.K.K」1941「恐怖」1949「逃避」1949「虚脱」1949「地獄へ」
詳しい履歴なんか読まずとも、これらの作品を並べるだけで充分だ。
彼は戦争には反対した、しかし精神に受けるものは恐怖や絶望ばかりだった。
画家は筆が口だから、それを描かずにおれなかったとしても
精神を動かすものが芸術なのだとしても
哀しすぎて、観てて幸せにはなれない。
私は、マチスが言った「安楽椅子のような芸術」の方が好きだ。
地獄を作者と一緒に体感して苦しむより、観て癒しになったり幸せになった方がいいから。
感性のみで根拠も理論も無い事を言えば笑われるかもしれないが
本当に人が感動を覚えるものは、苦しみや叫びへの共鳴なのだろうか、それとも愛や美だろうか。
もしかして「愛」を選ぶ私だけが特殊?
私の場合は、観る側に立った場合、わめき散らす誰かの苦しみが伝染するより、自分の苦しみをわかって抱擁して、癒してくれるものの方がありがたいのだが。
そんな調子のいい事では「真の芸術がわからない人」なのだろうか?
詩人大岡信は「抽象絵画への招待」という本の中で
「苦悩、激情、抒情、偶然、拒絶、無秩序、行為、混沌、生成、不定形、身ぶり、恍惚、
絶望、その他少なからぬ形容が、二十世紀のある種のタイプの抽象絵画にかぶせられてきた」
と書いているが、
石垣栄太郎の絵から、そしてやはり同時代のいくつかの文芸から、抽象具象、その他形式に関わらず、
前世紀は、時代や社会に翻弄される個人が、絶えず「I、 Me、Mine」を叫び続けていたような
…そんなかんじを受けてしまうのだ。
学んだ以上、さっぱりわからないというわけではないし、表現そのものを考えた時に、あってしかるべきものとは思う。
しかし、ピカソがうそっぱちだと言ったパルテノンやヴィーナスは、本当に不要な美なのだろうか?
新しい美が発見されたら、我々はシェイクスピアの本を捨てなければならないのだろうか?
さんざんアニメを観倒し、さんざん少女漫画を読んで感動して泣いた私には
「ちょーつまらん美術を教育されるくらいなら、ウットリ美しい美少年美青年のいる少女マンガの方がいいもんねーだと」そうなってしまうよゴメンナサイ。
新しい芸術のありかた、そして変化する美の規範、美術教育を受けていない人達同士の芸術(限界芸術)
などを考えると、やっぱりきちんとした方向性さえ見せれば、
そして意義を見いだす事ができれば、同人誌二次創作も、底力を持ったジャンルとして可能性ある、21世紀の芸術になり得ると思う。
(ただし、その事を敏感に嗅ぎ付けていただろう米沢嘉博氏は亡くなられてしまった。本当に残念だ)
表現は、(たとえ2ちゃんねるの書き込みですら)誰かに受け止められる事で
この世の「空気」を作っていく。
その空気を読んで人が動くのならば、空気はよどんでいるより澄んでいた方が好ましい。
わめき散らして発散した毒で、無関係な者を穢すのは表現の自由ではなく、暴力の表現だ
と、気づく者が増えたなら
おのず、表現のあり方、表現とは何かの意味は、変わってくるだろう。
まるで「前衛、抽象こそ本当の芸術です(他はクソです)」のような言い方をしていた。
私は文藝にいたが、恋人が美術科だったので、こっそり混じって横で聴講していた。
抽象は、心の表現だからはっきりした形は無い。それが何かわからない人は芸術の何たるかを知らないのです!!
て、待て待て。それじゃあアンタ、古典こそ芸術であります、とした人達と同じじゃないのか?
頭ごなしに上の世代が押し付けるもの全てに反抗せずにはおれない、私が青二才だったとはいえ
とにかく、当時は岡本太郎万歳! というかんじで、そのようなもの以外は認めてくれなそうなかんじだった。(さらにその上の世代の、高齢の教授はわかってくれたが)
「そんな高飛車なものはやりたくない!」 と言って、大学を捨てていきなり飛び込んだのがコミック、漫画。それもオリジナルでなくパロディマンガの世界。1年間同人誌をやり、雑誌に投稿と持ち込みをしたのがデビューのきっかけだった。
土曜日はそんな事を思い出しながら、和歌山の近代美術館にいた。
「叙情の様式」というモダンアートのコレクションとポップアートその他を観た。
「叙情の様式」にあったのは、恩地孝四郎と村井正誠。
恩地孝四郎(1891-1955)は版画と装飾本をやった人で、言ってみれば少部数の同人誌。
生前は売れなかったらしいが、幾つかの素晴らしい詩と版画作品を残している。
これと別に、石垣栄太郎(1892-1966)という画家の没後50年の特別展があった。具象画だ。
1909年、移民として渡米して画家になった和歌山県民。
1925年の「街」はニューヨーク、街の人らが流行のファッションに身を包むも、まるで葬式のような空気に包まれている。
1925年「拳闘」は画面いっぱいの迫力あるボクシング。楽しそうというより、「ヤケだ、そいつ殴れ!」
まだここらへんまでは、不安を抱えつつもそれなりの活気ある街だ。
石垣は、1929年に社会主義運動ジョン・リード・クラブ結成に参加
世界恐慌後ニューディール政策の一環として行われた連邦美術計画に参加した。
しかし日本は敵国となる。
石垣の絵はどんどん変化していく。
1937「K.K.K」1941「恐怖」1949「逃避」1949「虚脱」1949「地獄へ」
詳しい履歴なんか読まずとも、これらの作品を並べるだけで充分だ。
彼は戦争には反対した、しかし精神に受けるものは恐怖や絶望ばかりだった。
画家は筆が口だから、それを描かずにおれなかったとしても
精神を動かすものが芸術なのだとしても
哀しすぎて、観てて幸せにはなれない。
私は、マチスが言った「安楽椅子のような芸術」の方が好きだ。
地獄を作者と一緒に体感して苦しむより、観て癒しになったり幸せになった方がいいから。
感性のみで根拠も理論も無い事を言えば笑われるかもしれないが
本当に人が感動を覚えるものは、苦しみや叫びへの共鳴なのだろうか、それとも愛や美だろうか。
もしかして「愛」を選ぶ私だけが特殊?
私の場合は、観る側に立った場合、わめき散らす誰かの苦しみが伝染するより、自分の苦しみをわかって抱擁して、癒してくれるものの方がありがたいのだが。
そんな調子のいい事では「真の芸術がわからない人」なのだろうか?
詩人大岡信は「抽象絵画への招待」という本の中で
「苦悩、激情、抒情、偶然、拒絶、無秩序、行為、混沌、生成、不定形、身ぶり、恍惚、
絶望、その他少なからぬ形容が、二十世紀のある種のタイプの抽象絵画にかぶせられてきた」
と書いているが、
石垣栄太郎の絵から、そしてやはり同時代のいくつかの文芸から、抽象具象、その他形式に関わらず、
前世紀は、時代や社会に翻弄される個人が、絶えず「I、 Me、Mine」を叫び続けていたような
…そんなかんじを受けてしまうのだ。
学んだ以上、さっぱりわからないというわけではないし、表現そのものを考えた時に、あってしかるべきものとは思う。
しかし、ピカソがうそっぱちだと言ったパルテノンやヴィーナスは、本当に不要な美なのだろうか?
新しい美が発見されたら、我々はシェイクスピアの本を捨てなければならないのだろうか?
さんざんアニメを観倒し、さんざん少女漫画を読んで感動して泣いた私には
「ちょーつまらん美術を教育されるくらいなら、ウットリ美しい美少年美青年のいる少女マンガの方がいいもんねーだと」そうなってしまうよゴメンナサイ。
新しい芸術のありかた、そして変化する美の規範、美術教育を受けていない人達同士の芸術(限界芸術)
などを考えると、やっぱりきちんとした方向性さえ見せれば、
そして意義を見いだす事ができれば、同人誌二次創作も、底力を持ったジャンルとして可能性ある、21世紀の芸術になり得ると思う。
(ただし、その事を敏感に嗅ぎ付けていただろう米沢嘉博氏は亡くなられてしまった。本当に残念だ)
表現は、(たとえ2ちゃんねるの書き込みですら)誰かに受け止められる事で
この世の「空気」を作っていく。
その空気を読んで人が動くのならば、空気はよどんでいるより澄んでいた方が好ましい。
わめき散らして発散した毒で、無関係な者を穢すのは表現の自由ではなく、暴力の表現だ
と、気づく者が増えたなら
おのず、表現のあり方、表現とは何かの意味は、変わってくるだろう。