私はまだシメオン・ソロモンについて追っていた。
彼は晩年の貧しい時、ケンジントンのカルメル派修道会の教会をうろうろしていて、心の癒しを求めたとあったので、ケンジントンのカルメル派を探す。
しかし、なんだか?? ちょっと予想と様子が違う。
「え、コレ?」
というかんじだったのだが、よくよく調べると、教会は空爆でやられ、建て直されていたのだ。
サザークのゴシック教会も、近くの市場に爆弾が落ちたため被害を受け、
レイトンハウスの玄関も爆弾にやられたらしい。
空爆で多くの美術品が失われた事を痛感せずにおれなかった。
私の好きな傾向のものは、だいたい二度の戦争の戦火にやられている。
戦争にかり出されて死んだ画家もいた。マルク、マッケ。
キルヒナーは戦争に心を痛めて自殺した。
亡命した人も多い。クレーもそうだ。
ピカソと暮らした詩人のジャコブはユダヤ人だったのでナチに捕まり、殺された。
そのピカソも、「ゲルニカ」の後は、繰り返しが多いとされている。
(昔の繰り返しが多いのはイコール、ネタとやる気無しの惰性)
ダダだのロストジェネレーションだので片付けられないくらいの、精神的な痛手とストレス…
いつの時代も戦争はあったにせよ、芸術家ほどの繊細で敏感な感受性の者が
常に命の危険に脅かされていたとしたら、マトモな作品なんか出来るわけがないよ!! と思うのだが。
まるで、花畑の花を引っこ抜き、火を放ったかのようで
20世紀はそんな中でも咲こうとした、不幸な花達の時代だったのだろう。
それは、想像以上に壮絶だったに違いない。
私は別に特に平和主義者というわけでもなく、右翼!というものでもない。
と、いうよりこれまで、終戦記念日や広島長崎の平和教育以外では日頃そんなに、戦争について考えてこなかったかもしれない。
ベトナム戦争も、湾岸戦争も、イラク戦争も、あの9.11のテロの時ですら
それは、TVの向こうの、まるでファンタジーのお話のようだった。
戦争が終わって、戦後はマトモだったかというと…
どうなんだろう。第一次大戦後のアプレ・ゲール、そして太平洋戦争後の日本でのアプレ・ゲール。
どちらも、なんだか私には、今よく言われるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような気がして、哀しくなってしまう。
人は実際に生まれ落ちた故郷の他に、心が常に帰りたがる故郷を持っている。
(と、サマセット・モームが言っている)
遺伝子の記憶とでもいうものなのだろうか。
どういうわけかフシギに惹かれてならない、そんな場所や時代があるはず。
そこは時間と場所を超えて存在する。ある人には、エジプトのピラミッドかもしれないし
ある人にはローマ帝国、ある人には平安京かもしれないし、あるいは鎌倉や江戸かもしれない。
世界遺産を人が愛する理由はそれだ。
その求めたものが今ではすっかり失われてしまったと知る時
わずかに資料と想像力でもってそこに飛ぶしかないのだろうけれど
もしも僅かでもその痕跡があったなら。
時間や空間なんて一足飛びで繋がれるものなのに。
確かにストレスから生まれるものもあるだろう。
しかし、ぶつけられたストレスがそのまま表現として評価されるべきなのかどうかは
とにかく、平和の陽射しの中でもう一度考えてみようじゃないか。
それはきっと、戦争のトラウマを抱えた世代の仕事ではないはずだ。
と同時に、やっぱり戦争はしちゃイカンよ…。
21世紀は楽しい時代だったんだな! と、
後の世の人がいつでも帰って来れるようなベル・エポックにしなきゃ、ねぇ。
彼は晩年の貧しい時、ケンジントンのカルメル派修道会の教会をうろうろしていて、心の癒しを求めたとあったので、ケンジントンのカルメル派を探す。
しかし、なんだか?? ちょっと予想と様子が違う。
「え、コレ?」
というかんじだったのだが、よくよく調べると、教会は空爆でやられ、建て直されていたのだ。
サザークのゴシック教会も、近くの市場に爆弾が落ちたため被害を受け、
レイトンハウスの玄関も爆弾にやられたらしい。
空爆で多くの美術品が失われた事を痛感せずにおれなかった。
私の好きな傾向のものは、だいたい二度の戦争の戦火にやられている。
戦争にかり出されて死んだ画家もいた。マルク、マッケ。
キルヒナーは戦争に心を痛めて自殺した。
亡命した人も多い。クレーもそうだ。
ピカソと暮らした詩人のジャコブはユダヤ人だったのでナチに捕まり、殺された。
そのピカソも、「ゲルニカ」の後は、繰り返しが多いとされている。
(昔の繰り返しが多いのはイコール、ネタとやる気無しの惰性)
ダダだのロストジェネレーションだので片付けられないくらいの、精神的な痛手とストレス…
いつの時代も戦争はあったにせよ、芸術家ほどの繊細で敏感な感受性の者が
常に命の危険に脅かされていたとしたら、マトモな作品なんか出来るわけがないよ!! と思うのだが。
まるで、花畑の花を引っこ抜き、火を放ったかのようで
20世紀はそんな中でも咲こうとした、不幸な花達の時代だったのだろう。
それは、想像以上に壮絶だったに違いない。
私は別に特に平和主義者というわけでもなく、右翼!というものでもない。
と、いうよりこれまで、終戦記念日や広島長崎の平和教育以外では日頃そんなに、戦争について考えてこなかったかもしれない。
ベトナム戦争も、湾岸戦争も、イラク戦争も、あの9.11のテロの時ですら
それは、TVの向こうの、まるでファンタジーのお話のようだった。
戦争が終わって、戦後はマトモだったかというと…
どうなんだろう。第一次大戦後のアプレ・ゲール、そして太平洋戦争後の日本でのアプレ・ゲール。
どちらも、なんだか私には、今よく言われるPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような気がして、哀しくなってしまう。
人は実際に生まれ落ちた故郷の他に、心が常に帰りたがる故郷を持っている。
(と、サマセット・モームが言っている)
遺伝子の記憶とでもいうものなのだろうか。
どういうわけかフシギに惹かれてならない、そんな場所や時代があるはず。
そこは時間と場所を超えて存在する。ある人には、エジプトのピラミッドかもしれないし
ある人にはローマ帝国、ある人には平安京かもしれないし、あるいは鎌倉や江戸かもしれない。
世界遺産を人が愛する理由はそれだ。
その求めたものが今ではすっかり失われてしまったと知る時
わずかに資料と想像力でもってそこに飛ぶしかないのだろうけれど
もしも僅かでもその痕跡があったなら。
時間や空間なんて一足飛びで繋がれるものなのに。
確かにストレスから生まれるものもあるだろう。
しかし、ぶつけられたストレスがそのまま表現として評価されるべきなのかどうかは
とにかく、平和の陽射しの中でもう一度考えてみようじゃないか。
それはきっと、戦争のトラウマを抱えた世代の仕事ではないはずだ。
と同時に、やっぱり戦争はしちゃイカンよ…。
21世紀は楽しい時代だったんだな! と、
後の世の人がいつでも帰って来れるようなベル・エポックにしなきゃ、ねぇ。