PRBゆかりの地といえばケンジントン。
私が泊まってたのは、地下鉄アールズコート駅近くの民宿街だったので、PRBの画家、フレデリック・レイトンの家には徒歩で行けた。
ロンドンでは、かつて有名人が住んでいたお宅には、「ブルー・プラーク」といって、楕円形のわすれな草色のプレートがつけられている。
カーライルの家やディケンズの家はレイトンハウス同様に記念館として保存され、一般公開されているが、プレートはついていても全てが記念館なわけがなく、現在は人が居住していて入れない家も多い。
(チェルシーにあるロセッティの家は、大学教授ぽい人が住んでいて、前をうろうろしていたら家から住人が出てこられてチラ見されてしまったので逃げた。金持ちエリアなので下手すると不審者に見られそうだ…)

レイトンハウスに1番近い駅は地下鉄オリンピア駅。
ハイ・ストリートケンジントンという大きい道路を、ホーランド・パークの方に進む。(乗り換えが面倒ならハイストリート・ケンジントン駅。ケンジントン宮殿と反対方向、無印良品のある道路の方に進む)
大きい道路から一つ、ホーランド・パーク側に入った筋に、ちょっと品のいい似たような住宅が並んでいる。
 そんなお金持ちの瀟酒な家が並ぶ中、赤茶色のモスクドームが、木立の中に(異様なかんじで)見えてくる。それが、フレデリック・レイトンの家だ。

といっても、日本で発売された推理ゲームの「レイトン教授」シリーズとは無関係。
フレデリック・レイトンは1830年生まれ。PRB古典派の画家だ。
祖父、父ともに医者で、生まれた時からお金持ち。
レイトンは小さい時から親に連れられ、ヨーロッパ中を旅行してまわっていた。
フィレンツェ、ブリッセル、バリ、フランクフルト、そしてローマ。
親はお前も医者になれと言ったが、画家になると言っても別に反対せず支援している。
美術を学ぶのにこれ以上の環境は考えられないほど恵まれている。

作品はヴィクトリア女王に買い上げられ、異国趣味てんこもりの邸宅を建て、
芸術家を招いてはパーティーを開き、そしてまたスペインへ、イタリアへ、エジプトへ、トルコへ旅行する。

このお屋敷、入ってすぐのホールには、イカロスの像がある。
そんなに大きくはないが美しい。
イカロス像

レイトンはイカロスが好きだったようで、絵も描いている。
イカロス

イカロスといえば、ロウで作った翼で太陽に向かって飛び、墜落…という神話なのだが
レイトンの方は墜落するどころか、ロイヤルアカデミー会長となり、1886年には准男爵の称号までもらう。
ジャーナルも批判よりベタ褒めが多い。おまけに、若い時はかなりのハンサムで、友人も多く、人柄も良かったらしい。
これほどまでに自由に飛び回り、上昇しつづけたレイトンが
いったいどうして、幽閉されて脱出、失墜したイカロスに興味を抱いていたのだろう?

どうしても、一見して何不自由なく思える。
批判されたり、とうとう認められなかった画家が多いというのに、こんなにも支持され、愛され、
わかりやすく美しい絵はないだろう。

たくさんの人を招き、東洋に憧れた理由は何だったのか。

ただ一つ、レイトンに不自由さを与えたもの
それは、古典的形式なのかもしれない。
陶器のような肌の輝きはアングルの絵を思わせる。
一般ウケするだろうな…と思うのだ。

もしかして、西洋的な物の見方の枠組みから一歩外へ出てみたかったのだろうか。
古典的な作風というより、型通りやらなくてはならない事に対して反抗的であったロセッティ達。
フランスやベルギーではすでに若い世代から、象徴主義をやりだしている。
「定型を捨てるには及ばない」
そうだろうか。

そう考えると、レイトンは古典という塔に幽閉されていた気もしてくるのだ。
わざわざ出て行くのは勇気がいる。
せめてもの自由は旅にある。
そう、彼は堕ちなかった。
美というものがどういうものかを考える時、非常に評価がデリケートになりそうな…

現代絵画の基準から見たレイトンの絵が、どうかイカロスの翼になりませんように。