少し閑話。
ソロモンとスウィンバーンの時代は、ラファエル前派第二期にあたる。
ロゼッティが最初、ミレイとハントと共にPRB(ラファエル前派兄弟団)を作ったのが1848年、
その後初期のメンバーは1853年にミレイがロイヤル・アカデミーの準会員に選ばれた時点でバラバラになり、事実上解散した。
ラファエル前派を擁護してくれた批評家のラスキンや、工芸家ウィリアム・モリス、そして創始メンバーのロゼッティは、ソロモンにとっては「先生」にあたる人達だった。
ソロモンは剽軽な一面があり、先輩達にもかわいがられていたようで、ラスキンに突撃インタビューも行っている。

「先生はターナー支持者ですよね? ぶっちゃけマジでどうなんです?」
というソロモンの問いに、ラスキンは
「一応お仕事ですから、ああでも言っとかないとね」と応えたりしている。


当時の文化は、現在のオタク文化とかなりの点で共通したものを見いだす事ができる。
一般の書店や美術商では取り扱っていないアヤシい作品がやりとりされる。
ミニチュアのドールハウスが流行る。女装に男装。ロリータ。それはまさに…。

PRBの絵画も、絵画といえどかなりイラストやコミックに近いものを持っている。
物語を絵画で示し、象徴を持ち、離れて見なくてよい、至近距離の絵である。
美術と人の距離も近い。社会批評もやっていたラスキンやモリスが目指したものは、一部のエリートだけのものではなく、サブカルチャーのように、もっと人の中でやりとりされるものであった。

社会的弱者は負け犬として排除され、皆、身勝手な事ばかりを考え、やがて社会生活そのものに疲れていく。偽善と欺瞞が満ち、ドラッグや犯罪が影を落とす。
繁栄と呼ばれるが明日は見えず、国外に逃げたがる者もいる。理解されない芸術家にも死が待つ。
ヘンリー・ウォリスの描いた当時の英国の姿は、今日の我々の姿にとても似ている。
類似はそんな背景のせいもあるのだろうか。

そういえば、スウィンバーンは、ソロモンを自宅に招き、太陽神アポロンのコスプレをさせている。
(ソロモン自身もこれは気に入ったようで、後に自らやってみたりしている)

ラファエル前派は、ゴシックの賛美者でもあった。ゴシック・リバイバル、ネオ・ゴシックと呼ばれるものだ。
彼らが嫌った典型的な美の基準は、ルネサンス以降のものである。絵の主題はこうである、という決まりきった教え方に反抗したものであって、ルネサンスそのものに反発したというものではない。

ルネサンスとゴシックの最も大きな差は何か。
文芸復興として知られるルネサンスに見られるのは、生き生きとした「個人」だろう。
夢を抱き、社会に貢献し、自己実現する。個性的で自分の言葉を持つ。
しかし、ゴシックにあるのは、常にストレスや不安にさらされ
ありとあらゆる文化をごったまぜにした上で、同族の象徴を見いだす、無意識的連関にあるかもしれない。

際立った情熱で生きるよりも、クールにサバイバルといった感じがする。
ソロモンとスウィンバーンの親世代は、社会に貢献してきた情熱的世代だった。
華々しい活躍の英国海軍大佐を父親に持つスウィンバーン、
ロンドンで初のユダヤ人居住区で帽子屋を開業する実業家を父に持つソロモン。
スウィンバーンは一時ヒキコモリでもあったし、詩人といえど今で言う「ニート」に近い。
ソロモンは周囲に気をつかい、信念を持ったものを描くまでには相当の時間的猶予を要している。

それでも、彼らの青春時代は輝いていた。
周囲が何を批判しようと、大切なものは目指したそれの価値うんぬんではなく、
迷いながらであっても、ひたむきに生きていた時間そのものだと、私は思うのだ。