そうとも取れるし、そうでないとも取れる。象徴詩の解釈は自由であるので、限定する事はできないと、かつて教わり、私もそれを真に受けていた。
 ランボオの「永遠」という詩について、ヴェルレーヌとの関係の中で書かれたこの作品は、同性愛的関係について書いたものではないかと直感したのだが、研究室で「そんな事はない」とはっきり否定されてからは、ただ思い違いだろうかという疑問だけが残っていた。
 つい最近、翻訳ではなくてフランス語の原文及び英語の解説に触れ、あらためて、そしてわざわざ同性愛的見地から読み直した時、衝撃だった。
 それは、法的に禁じられているホモセクシュアルの世界に、まだ色んな理由から飛び込む事をためらっているような妻子持ちのヴェルレーヌに対しで、若いランボオが挑発している詩でしかなかったからだ。
 法律も常識も糞食らえな態度が彼らしいといえばらしい。
ランボオの詩については、他の作品についても、もっと私的なものを含んでいるのではないかと疑ってみるべきかもしれない。
 
 さて、イギリスに戻る。スウィンバーンの「ILICET」。
スウィンバーンはソロモンと仲良くなる以前、従姉のメアリ・ゴードンに片思いをしていた。
(ソロモンの画題に度々三角関係が登場するが、彼女かどうかは不明)
1865年、この年の作品は大絶賛された「カリドンのアタランタ」である。
「ILICET」は、その翌年の1866年に出した「詩とバラッド第一集」におさめられているが、
不道徳として世間の叩きにあう。
また、アルコール中毒の兆候が出るのもこの年。

「ILICET」のいい訳詩が見つからなかったため、つたない訳で申し訳ないが私の走り書き翻訳ノートから
少しずつ拾ってみようと思う。

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「炎を鎮めた薔薇の唇で
飲め、重なりあう花びらが紅く染まるまで
やがて温かく濡れた深部の花びらが泣き
病的に眠る花は昇天する
芳香と紫の喜びは何も産まない
実らないのに発するやすらかな眠り薬」

詩は、恋の終わりをつづっている。
ILICETの冒頭はこんな具合だ。
「喜びと悲しみは終わり/終日、一晩中、明日も平和/でも決してもう笑ったり泣いたりする時は無い
終わりは来たのだ、心地よい場所に」

この相手がメアリではないと思うのは、詩の中に幾度となく「徒花」である事が書かれるからだ。
「芳香と紫の喜びは何も産まない」「裂け目をみせるほどに甘い果実は熟したのに、どんな果実が育ち、枯れたかすら知らない」
また
「死のような逢い引きに耐えてきた日々、人目を避け、影にかくれて
周りの全てが非難の目を向け 運命の目の前に立っていた」
ともある。(ロゼッティ以外の人目は一応気にしていたわけだ…)

相手がソロモンではないかと考えられるのは、詩の中で「民族」「家」もキーワードとして出てくるからだ。

「言葉を告げる魂も、数かぞえる唇も無く
君の家名や民族も役にはたたず」

民族、つまりユダヤ人。
シメオンはスウィンバーンに出会うまでは、彼は自分の名の由来に誇りを持っていた。
母親の教えどおりに、戒律や儀礼を重んじていた。
シメオンの名はおそらく旧約聖書のヤコブの息子であり、人質としてエジプトに残されたシメオンから取られたものだろうが、ルカ伝には同じ名の高貴な預言者が登場する。
スウィンバーンがソロモンを「子羊ちゃん」と呼んだのは、善き羊飼い(キリスト)に導かれる者という意味と「生け贄」の意味とを兼ねていた皮肉かもしれない。

「小さな悲しみと小さな喜び
運命が、埃にまみれた常識から僕らを引き合わせた
僕達の全ての日々よ
僕達は苦痛と強い嘆きをもって生まれ
誕生から死に至るまで
人生は苦痛の日々ばかりだ

お互いに仕えるために自らを縛り付け
くずのような奴は誰の父親だったか、誰の母親だったか
小さい赤い虫が死んだ
彼等は慈しんだ成果も見出せない
善良な男など死ぬべきだ
善良さなど罪でしかない」

本来ならば、愛し合う者同士は結ばれ、周囲に祝福され、結実するだろう。
二人が共に想像力を刺激し合って、作品という形での子供を残した事は確かだが

この詩から察するに、先に別れを告げたのはソロモンの方だったのではないだろうか。
このまま関係を続けても、スウィンバーンにとって何もプラスにはならない。

「なぜ君は泣く、どうして泣いているの?
人々の眠りと民族の明日のため
そして砂は満ち、砂は落ち
赤き薔薇の日々、芥子色の時間
血、葡萄酒、そしてスパイスと炎と花
ここに一つの、そして全ての終わりがある

こんな奴が愛を貸し借りすべきなのか?
汝の悲しみに胸を痛めるべきなのか?
その言葉や吐息に感謝をすべきか?
憎むべきはその愛の優しさだ
額に盲目という飾りをつけ
彼等は死という腕輪をはめる

おお、音も光りも無い雷に
墓服はばらばらに引きちぎられよう
彼がもし受け取ったなら、渡してくれるだろうか?
彼が引き裂いたのだ。元に戻れるのだろうか?
彼が縛ったのだ。その鎖を断ち切れるだろうか?
彼が殺したのだ。それでも生きよと言うのだろうか?」


この詩、そしてスウィンバーンのアルコール中毒と自殺未遂。
ソロモンは後に同性愛から脱しきれなくなる上、スウィンバーンからの手紙を売りさばくという行為に出る。

「眠りよ、眠りはおそらく互いの顔が
恋人同士であった事など隠してしまうものではないか?
別離よ、何ごともなかったように男は眠る
死の口元が嘲り笑う
情熱と不安と夢と幻影を
天国の喜びと地獄の悲しみを」


ソロモンの絵「秋の愛」の天使の表情、散文詩「夢に現れた愛の幻」に共通したイメージが見られる…
と、いうよりも、
この二人の恋は、共に身を焦がしたがゆえに、互いにその後の人生に長く暗い影を落とした、
そんな風に思えてならない。

別離のその後の話、続く。