本日付けの読賣朝刊「医療ルネサンス」に依存症についての記事があった。
これによると、不幸な人間関係に依存するのを「共依存」と言うらしい。
「運命の人」いないと不安 という見出しを見て失笑した。
世紀末芸術の大きなテーマはまさに「運命の女」ファム・ファタールだからだ。
スウィンバーンの父親は軍人である。なのに、息子は身体が弱く、芸術好きだ。
共依存に陥るタイプとして挙げられているものは、
・自己否定感が強い ・感情を偽る ・人を求めているのに壁を作る
・認められたい ・周囲の要求に合わせて生きる ・のめりこむ ・懸命/燃え尽きの落差が激しい
などだそうだ。
ソロモンはまったくこれに当てはまるが、スウィンバーンも相当、思い当たる。
スウィンバーンも後に、ソロモン同様アルコール依存症となる。また、水泳は得意であったにも関わらず溺死しかけている(自殺未遂?)
私は、この二人を近づけた理由は、近親者の死ともう一つ、互いが「共依存」の関係にあったからではないかと思う。
1965年。スウィンバーンと親密になって以降のソロモンの画題は、それまでと大きく異なっている。
1964年以前の作品のテーマは、ソロモン王や生け贄のイサクといった、旧約聖書を扱ったものが多かった。
厳しい十戒を守るユダヤ教徒らしく、また、ユダヤ教徒のための宗教雑誌にイラストも描いていた。
しかし、スウィンバーンと親交を深めて以降、彼の画題は旧約聖書からは離れ、異教的なものに移った。
1965年、彼はロイヤル・アカデミーに「ハベット!(試合開始!)」というタイトルで、ローマ闘技場の戦士を扱った作品を出品したようだ。(現存していない)
この頃から男性の肉体美、裸体を扱ったものも多く見られるようになる。
また、同年、ソロモンはスウィンバーンに頼まれて「レズビア・ブランドン」というスウィンバーンのSM小説の挿絵を描いている。この本は、一般の書店には流通せず、少部数であったいわゆる「同人誌」にあたる。
他にも、「鞭打たれるスパルタの少年達」「ソクラテスと守護精霊」
「バッカス(=デュオニソス)」(下図)

などで、
女性の同性愛者であった詩人サッフォーを扱ったものもある。(下図)

サイモン・レイノルズ氏の見解からでは、ソロモンがスウィンバーンにふりまわされたようなかんじを受けるが、果たして全く一方的だろうか。
私には、相方のスウィンバーンも、ソロモンにかなりの打撃をくらっているように思える。
なぜなら、貴族であり知名度もあったスウィンバーンにとって、同性愛者であると知られるのは命取りだったからだ。
当時の英国では犯罪であり、知られれば逮捕された。
にも関わらず、ロイヤル・アカデミーにそれを匂わせる作品を堂々と送りつけるソロモン。
ソロモンは正直者で、本物の愛については何事も怖れない勇気を持っていたのかもしれない。
そういう資質が、ユダヤ教徒である彼には育っているのである。
また、もしプラトニズムに傾倒していたのなら、重んじたのは肉体ではなく精神面の方だ。
ソロモンからスウィンバーンに宛てた手紙の中で、彼は「鞭打ちの興奮と恋心とは全く別のものだ」
と反駁している事からみても、ソロモンはSMと肉体関係における同性愛というより、
日本での衆道における「念友」に近いものを求めたのではないだろうか。それゆえ屈託が無かった。
退屈をしのぐための刺激と興奮、頽廃はあれど真実の愛は無い中にいたスウィンバーンである。
最初はジューイッシュ相手にからかってやれという程度の、ちょっとスリリングなアソビのつもりでもあったかもしれない。
だが、純粋なものに惹かれるのは詩人の宿命だ。
スウィンバーンが死ぬほど酒を飲めば、ソロモンもそれにつきあう。
孤独が呼応しあう「共依存」とはいうものの、互いは互いに癒しを求めるから愛し合うのである。
ソロモンは、詩人にとって、自暴自棄の根底にあるものをわかってくれる優しさを持った存在だった。
建前と本音を使い分けるヴィクトリア朝的モラルではない、本当に魂の求めるものを求めるという美学、
もしそれがあったなら、スウィンバーンもソロモンにハマったのではないだろうか。
ならば作品に対しては、美のために、自らも正直でありたいと願わないわけがなかったはずだ。
1966年、スウィンバーンは「詩とバラッド」を出版し、世間から批難をあびた。
(これに対して、後に立場を弁解するような行動を取ったり、弁護士を立てなくてはならなくなったりするあたりに貴族としての哀しさがあるのだが)
スウィンバーンもまた、周囲に否定されては生きられなかったのだろう。
この詩集の中に、ソロモンとの関係を示唆する「ILLICET」という作品が納められている。
この詩には、当時のソロモンの画題といくつかの共通点がみられる。
次回はその「ILLICET」から、二人の関係と破局に至までを読み解く。
続く。
これによると、不幸な人間関係に依存するのを「共依存」と言うらしい。
「運命の人」いないと不安 という見出しを見て失笑した。
世紀末芸術の大きなテーマはまさに「運命の女」ファム・ファタールだからだ。
スウィンバーンの父親は軍人である。なのに、息子は身体が弱く、芸術好きだ。
共依存に陥るタイプとして挙げられているものは、
・自己否定感が強い ・感情を偽る ・人を求めているのに壁を作る
・認められたい ・周囲の要求に合わせて生きる ・のめりこむ ・懸命/燃え尽きの落差が激しい
などだそうだ。
ソロモンはまったくこれに当てはまるが、スウィンバーンも相当、思い当たる。
スウィンバーンも後に、ソロモン同様アルコール依存症となる。また、水泳は得意であったにも関わらず溺死しかけている(自殺未遂?)
私は、この二人を近づけた理由は、近親者の死ともう一つ、互いが「共依存」の関係にあったからではないかと思う。
1965年。スウィンバーンと親密になって以降のソロモンの画題は、それまでと大きく異なっている。
1964年以前の作品のテーマは、ソロモン王や生け贄のイサクといった、旧約聖書を扱ったものが多かった。
厳しい十戒を守るユダヤ教徒らしく、また、ユダヤ教徒のための宗教雑誌にイラストも描いていた。
しかし、スウィンバーンと親交を深めて以降、彼の画題は旧約聖書からは離れ、異教的なものに移った。
1965年、彼はロイヤル・アカデミーに「ハベット!(試合開始!)」というタイトルで、ローマ闘技場の戦士を扱った作品を出品したようだ。(現存していない)
この頃から男性の肉体美、裸体を扱ったものも多く見られるようになる。
また、同年、ソロモンはスウィンバーンに頼まれて「レズビア・ブランドン」というスウィンバーンのSM小説の挿絵を描いている。この本は、一般の書店には流通せず、少部数であったいわゆる「同人誌」にあたる。
他にも、「鞭打たれるスパルタの少年達」「ソクラテスと守護精霊」
「バッカス(=デュオニソス)」(下図)

などで、
女性の同性愛者であった詩人サッフォーを扱ったものもある。(下図)

サイモン・レイノルズ氏の見解からでは、ソロモンがスウィンバーンにふりまわされたようなかんじを受けるが、果たして全く一方的だろうか。
私には、相方のスウィンバーンも、ソロモンにかなりの打撃をくらっているように思える。
なぜなら、貴族であり知名度もあったスウィンバーンにとって、同性愛者であると知られるのは命取りだったからだ。
当時の英国では犯罪であり、知られれば逮捕された。
にも関わらず、ロイヤル・アカデミーにそれを匂わせる作品を堂々と送りつけるソロモン。
ソロモンは正直者で、本物の愛については何事も怖れない勇気を持っていたのかもしれない。
そういう資質が、ユダヤ教徒である彼には育っているのである。
また、もしプラトニズムに傾倒していたのなら、重んじたのは肉体ではなく精神面の方だ。
ソロモンからスウィンバーンに宛てた手紙の中で、彼は「鞭打ちの興奮と恋心とは全く別のものだ」
と反駁している事からみても、ソロモンはSMと肉体関係における同性愛というより、
日本での衆道における「念友」に近いものを求めたのではないだろうか。それゆえ屈託が無かった。
退屈をしのぐための刺激と興奮、頽廃はあれど真実の愛は無い中にいたスウィンバーンである。
最初はジューイッシュ相手にからかってやれという程度の、ちょっとスリリングなアソビのつもりでもあったかもしれない。
だが、純粋なものに惹かれるのは詩人の宿命だ。
スウィンバーンが死ぬほど酒を飲めば、ソロモンもそれにつきあう。
孤独が呼応しあう「共依存」とはいうものの、互いは互いに癒しを求めるから愛し合うのである。
ソロモンは、詩人にとって、自暴自棄の根底にあるものをわかってくれる優しさを持った存在だった。
建前と本音を使い分けるヴィクトリア朝的モラルではない、本当に魂の求めるものを求めるという美学、
もしそれがあったなら、スウィンバーンもソロモンにハマったのではないだろうか。
ならば作品に対しては、美のために、自らも正直でありたいと願わないわけがなかったはずだ。
1966年、スウィンバーンは「詩とバラッド」を出版し、世間から批難をあびた。
(これに対して、後に立場を弁解するような行動を取ったり、弁護士を立てなくてはならなくなったりするあたりに貴族としての哀しさがあるのだが)
スウィンバーンもまた、周囲に否定されては生きられなかったのだろう。
この詩集の中に、ソロモンとの関係を示唆する「ILLICET」という作品が納められている。
この詩には、当時のソロモンの画題といくつかの共通点がみられる。
次回はその「ILLICET」から、二人の関係と破局に至までを読み解く。
続く。