レイキを習得しようかどうか迷っている時に、
「レイキっていったい何なのか」を予めすべてを理解しよう、
はじめからすべてを理解したい…という思いを、もし、持っていたとしたら。

それはぜひ手放して欲しい。

科学的に立証されていない。
目に見えない。よくわからない。
でも、ある。
あの人とは気があいそう、
でも、あの人とは気があわなそうって
何の根拠もないけれど空気を伝って何かしら伝わってくるような?
その人のまわりにまとわりついているような?
そんな「あいまい」な感覚。

誰にでも血液がながれ、
誰にでも髄液がながれ、
誰もが気やエネルギーを発している。
エネルギーに包まれている。
レイキもそんなようなものでそもそも誰もが
持っているというか
流れているというか・・・。
使えるようになっているっていうのかしら。

そもそもがそういう類のものは、
「わからないから怪しい」
「怪しそうだから近寄らない」という結論に陥いるのがオチ。

どんなに「素晴らしい話」を耳にしようとも、
頭で一生懸命理解しようとしてしまうのはなぜか。
わからないのは不安だから。

心が充分に開いていないときに、無理をする必要は全くない。
ただ、その時期じゃないというだけのこと。

大枚叩いて身につけたレイキを
「宝の持ち腐れ」にしてしまっている人が、世には大勢います。

「レイキ?大したことないよ」
「レイキ?結局使ってないし。よくわかんないんだよね」
「レイキ?受講料高かったのにあまり身にならなかった」
「レイキ?使うときがないんだよね」
「レイキ?結局よくわからないから…」

そんな風に思い至ってしまう人がこれ以上増えて欲しくないし、
そういう残念なかたちでレイキがこれ以上伝達されていっても欲しくない。

心動かされ「やってみたいな」と自然に思うときが来れば、
その時がその人のタイミング。その時が今来なくったって大丈夫。
いつでも、いつからでも習得できる。

レイキは、使っているうちに自ずと「腑に落ちていく」ようなもの。
体験と体感の積み重ねのなかで、レイキの素晴らしさも凄さも
その人なりに理解していく。


レイキを理解するには、
「レイキが使える手になる」だけでは不十分。
それはスタートに過ぎないので
感覚を積極的に楽しんでほしい。

そのあとは
「その手を使い続ける」だけ。
レイキの理解が自然と深まり、
いつのまにか自分のものになっていく。
感覚で。
経験で。

話してもなかなか伝わらない。
聞いてもよくわからない。
そういう性質のものだからこそ、
知らない人には「体験」して頂くのが、一番。


気軽に足を運んで頂ける、
武蔵境駅すぐにある公共施設「武蔵野プレイス」で毎月開催している
レイキの公開体験会(無料です)

開催日時の詳細は、下記まで。

レイキセラピー協会
http://reiki-therapy.org/