今日はホワイトデーですねアップ
ということで?愛についての物語のご紹介です。



辻仁成さんの「10年後の恋」。
「読み終えた後に一筋の光を届けたかった」
とインタビューで辻さんは言っていたけれど、辻作品には珍しく、後半まで迷いや恐れ、怒り、不信など、後ろ向きな感情に覆われた物語でした。

主人公のマリエは、離婚後、十数年振りにやっと人を好きになり、愛ではなく恋がしたかった、と語っていたから、振り回されながらも、どこか楽しんでいたのかもしれないけれど。
大人の恋ならば、すべてを飲み込んで受け止めればいいだけなのに、と若干のストレスを感じつつ、それでも今までの辻さんの作品にあった、自分の本心に忠実に従う真っ直ぐさ、内側で激しく燃える情熱に出会いたくて、読み続けてみたのでした。

私が辻さんの存在を認識したのは、たぶんバンドの方が先で、失礼ながら、ちょっと苦手、というのが第一印象。
その後、たまたま本屋さんで手にしたのが「ニュートンの林檎」だったと思う。
あの人、本も書いているんだ、と興味本位で手に取って、驚いた。
地に足が着いた、落ち着いた文体。
その後芥川賞を受賞された「海峡の光」もとても良くて、「小説家辻仁成」は、私のお気に入りの作家の一人になった。
ほとんどが恋愛小説だけど、どの登場人物たちも誰かを深く愛し、その愛にまっすぐ向き合い、情熱に溢れ、けれど押しつけたり、騒いだりしない、まさに冷静と情熱の間に生きる人たちだった。特に私は辻さんが描く女性たちがとても好きだった。


この本は、コロナ禍のパリを舞台に今現在の、この時代を描いていて、2021年の12月に物語は終わる。

「子育てを10年やって、ママ友たちに囲まれながら、どちらかというとお母さん的な感じで生きてきた。ですが、こういう時代だからこそ、人間は恋をしていたほうがいいと思うのです。
 それと、息子に“パパは友だちとかガールフレンドに会ったりしないのか、このままではおじいちゃんになる”と言われたこともきっかけでした。彼は来年18歳、フランスでは成人になり僕の手を離れます。息子が自立したら僕は1人になるのか、と。それで閉じてしまった心はどう開いたらいいのだろうとも考えました。ですので、マリエのなかに随分自分の気持ちを吹き込んで書き進めました」

このインタビュー記事を先に読んで、本を買って読んで、辻さんが前回の離婚でとても傷ついていたのだと、マリエの言動からよくわかった。
ウィルスと愛はよく似ていて、人に伝染する。
ウィルスと距離を取らなければいけないように、愛との距離間もとても大事だ。
コロナの前の世界と後の世界をうまく対比させて描いていて、コロナ後の物理的な距離を保たなければいけない世界で、心と身体の繋がりを求める難しさは、突然恋に落ちて戸惑い、不信感で一杯のマリエには、尚更難しく感じたのだと思う。
愛と恋との対比も重要なファクターだった。
恋には終わりがあるが、愛に終わりはない。

最後まで一筋の光が見えずに終わるのか、と思っていたけれど、最後に光は見えた。
辻さんの心にまた光が宿ったようで嬉しかった。

「コロナで価値観も劇的に変わり厳しい世界になった。それでも人は幸せや希望を探していくことが大事です。20代がするような激しい恋でなくていい。たまに会ったり寄り添ったりする人がいると人生は変わってきます。自分を大事にして生きていれば、いろんな幸福が待っているかもしれないのです」

きっと、ご自分に向けた言葉なのだと思う。
本当の意味で生きていれば、人は人を好きにならずにいられない。
大きなお世話だけども、今度こそ辻さんが生涯の伴侶に出会えるといい。
もう恋などしたくない、と心を閉している方には、マリエが再生していく姿に勇気づけられるはず。

私は、と言えば、美しいパリの街が恋しく、ますます旅に出たくなりました。