Chapter 9 着隊 | 熱血講師 ショーン 近藤 Leadership & Language Boot Camp

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着隊

1月30日朝、某駐屯地に到着すると、地連の自衛官Bが新隊員教育隊まで案内してくれた。

指示された通りの大人1人分にしては、かなり少ない簡素な所持品を持っての着隊となった。

親父とは言葉少なに別れ、自衛官Bと共に歩を進めた。

駐屯地内を歩く若い自衛官たちは、「ようこそ地獄へ」とでも言いたげで同情と嘲笑うような表情が入り混じった目でこちらを見ていた。

自衛隊入隊は、通常、学校(高校若しくは大学)の卒業時期に合わせ、3月下旬入隊がほとんどであるが、この頃の時代は、バブル全盛期のため自衛隊に入隊する若者の数が圧倒的に少なく、ある一定の人数が地連によって集められた時、新隊員教育隊が編成され教育訓練が開始されるシステムになっていた。

優秀な人間は、自衛隊ではなく他の公官庁若しくは一流の企業に就職先を求めていたため、防衛庁(当時)は人材確保に躍起になっていたのも事実である。

従って、3若しくは4月入隊の隊員は、正規隊員のような感じで扱われ、哲のような1月入隊のような隊員は季節隊員、若しくは半端隊員と呼ばれていた。

そのため駐屯地ですれ違う隊員達は、「半端隊員が来たな。」という思いと「これで俺達にも下ができるぞ。」という思いで哲を見ていたのだろう。

哲は他の隊員の視線を感じながら緊張した面持ちで新隊員教育隊の受付のデスクに出頭した。

周りには、今日一緒に入隊する同期の面々があった。

身体検査の時に見かけた奴もいた。

しかし、哲は元来の人見知りの性格から、自分から話しかけることはできなかった。

周りを観察していると、同様に身体検査で知り合いとなり、気軽に声を掛け合っている奴らもいた。

哲は、それが簡単にできないのである。

その人見知りというか、人の輪に柔軟に入っていくということができない哲の性格が、後に様々な課題となって哲に降りかかってくるのである。

間もなく、着隊の手続きが開始された。

手続きは、哲に関する様々な情報、例えば、本籍、現住所、家族構成等々について確認が行われた。

担当はK1曹という隊員で、この新隊員教育隊の区隊付という役職の隊員だった。

因みに通常の正規新隊員については、各方面隊(北部、東北、東部、中部及び西部方面隊)の教育訓練を専門的に行う教育連隊で教育訓練が行われるが、半端隊員は、人数が集まり次第、最寄りの駐屯地の普通科連隊の教育中隊が担任して教育訓練を実施するのである。

このK1曹は、この区隊付の役職に就くまでは本当に無口な隊員であった。

中隊にいても周りからは「つまらない男」、「何を考えているか解らない。」というのがもっぱらの彼に対する評であった。

しかし、若い新隊員を担当するようになってから、彼は自己の洒落のセンスに目覚め、ここ数年は駄洒落が止まらなくなり、全ての会話が駄洒落にて結するという状況になっていた。

この駄洒落のおかげで彼の日々の勤務中の態度にも明るさが戻ってきたため、上司も喜んでいたが、周りの隊員(特に部下隊員)は、少し疲れていたようだった。

哲と話しているときも、時折駄洒落を織り交ぜてくれたため哲もリラックスすることができた。

哲のこのK1曹に対する偽りのない印象は「林家こん平だ、このおっさん。」であった。

一旦駄洒落が出たら止まらない、止まらない。

地連の自衛官Bも苦笑いであった。

実は、この地連の自衛官BとK1曹はもともと同じ中隊で勤務していたらしく、BはKの変わりようには驚いていたようだった。

着隊手続きを終えると、次に自分の持参品の整理整頓をしなければならなかった。

自分の所属は第●●普通科連隊第4中隊新隊員教育隊1月区隊第2班となっていたため、第2班の部屋に案内された。

隊舎は恐ろしく古い木造の建物であった。

明らかに旧帝国陸軍時代の建造物であった。

後にそのことでも事件が起きる。

哲は、自衛官Bに連れられ第2班の部屋に行った。

そこにはベッドが11台、整然と並べられており各ベッドの下にはフットロッカーなるものが置かれていた。

一人に与えられる収納スペースは、衣装ロッカー、キャビネット(貴重品保管)、フットロッカーという最小限のものであった。

それでも収納スペースに不足を感じる者は、各人毎に私費で衣装ケース等を揃える必要があった。

哲は、持参した衣類、日用品等をそれぞれの収納スペースに淡々と格納、整理していった。

自衛官Bは、哲の世話を第2班長であるU3曹に任せ自分の仕事に戻っていった。

自衛官Bは、去り際に「頑張って訓練に励んで立派な自衛官になってください。」とだけ話し、哲と別れた。

自衛官Bであろうと哲にとってはこの初めての環境の中では十分に頼りになる存在だったので彼との別れは哲の心の中の不安を一層増長させていた。

U3曹は、20代中ばの若くやり手の隊員で、動きもてきぱきしていた。

このU3曹の指示で、制服一式、作業服一式(半長靴含む―はんちょうか)その他装具一式を受領した。

そして、その濃緑色の作業服に階級章と自分の名札を縫い付けていく針仕事が待っていた。

第2班には、それぞれ隊員が入室してきた。

彼らも同様に制服等一式を受領し、針仕事をそれぞれ始めた。

皆、警戒し無言で針仕事をしていた。

しばらくするとU3曹が部屋に入ってきて午後3時から入隊に際し、説明が行われるということで教場に集合するようにとの指示を出した。

教場は、哲達新隊員の居起する隊舎の2階であった。

時計の針が3時を指すころには総勢30人近くの新隊員が教場に集合していた。

机には、それぞれ机上札が準備されており、自分の名前が書かれてある机上札の席に哲は着いた。

机の脇のスペースには区隊長、区隊付、各班長及び班付が整列して立っていた。

いよいよ、自衛隊での生活が始まるのである。皆、不安と緊張の入り混じった表情をしていた。

哲も例外ではない。

この日から哲の23年に渡る自衛官生活が始まるのである。

続く