松風園は福岡市の中心部から南に少し行った高台の住宅街の中にある。

かつては、玉屋創始者の田中丸さんのお屋敷があったところである。

ここを市が茶室を中心に伝統文化を学ぶ場として整備することになり、設計の委託を受けて最初に現地に伺ったのは8年ほど前である。

まだ、田中丸さんもお住まいのころである。住宅は明治の建物で、玄関横の大きなタブノキがその歴史を物語っていた。当時も緑に囲まれ、外部とは切り離された空間であった。まさに「市中の山居」である。

その屋敷の一番高いところに茶室の松風庵があった。

松風庵は京都から職人さんを呼んで作らせた茶室で、質素ではあるが、細かな意匠に凝った数寄屋である。

扁額は地元の茶人松永耳庵さんによるものである。

茶室から少し離れたところに巴配置の四阿がある。かつては待合に使われていたようだ。

当時も住み込みで庭を世話する方がいらして、低木や中木の刈込をされていた。

庭園は小間の茶室の内露地以外は開放的な芝生と刈込の庭であった。

おそらく大人数の茶会が頻繁に行われていたのであろう。茶室の犬走りの陶板もすりへっていた。


松風園の設計プロセスをいつかはまとめようと考えていたが、その下書きとしてここで紹介することにする。

何回になるかはわからない。

空間づくりのコンセプトは敷地の最初の印象で決まった。「市中の山居」である。

住宅地の中にありながら、中に入ると深い山の中にいるような別世界、小宇宙を作ることである。

まずは地割を考えた。敷地は周辺道路から5~7mほど高いし、地形上駐車場の位置は決まっている。

これらを考えるとアプローチの位置は必然的に決まってくる。

今回の設計でアプローチは非常に重要である。

「市中の山居」の入り口として街から山へスリップするゾーンである。

あえて入口が見えない曲線の階段とし、徐々に緑を多くしていく手法をとった。

アプローチの空間としてはねらいどおりである。目立つ手すりを除けば。



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