「寂び」とはなにか。

これも言葉での表現は難しい。

簡単に言うと、「時間が経過し、趣や渋みが出ること」である。

古くなるにつれて、美しさがにじみ出てくるもの。「古びる」ともいう。

これもまた、千の利休が追求した境地である。

また、芭蕉の俳句の理想的境地ともされている。

それは「限りなく変わりゆく無情さの中に、価値を見出すこと」でもある。

この世に代わらない物はない。

しかし、代わりながらも違う美しさを放つ物もある。

その美しさを「寂び」というのだと思う。

自然の中に「寂び」はある。

森の樹木はやがて老いて古木となり、倒れる。

そして、そこに日が射し込み、たくさんの新たな生命が誕生する。

その中で倒れた古木は苔むし、動物の住みかとしての新たな役割を担う。

そして、新たな美しさを放つ。

人もそうだ。年を重ねる毎に内面的な美しさを放つ人もいる。

表面的な物にとらわれすぎず、こんな「寂び」を感じさせるような庭を造りたいものだ。