・在日が不法占拠を続けた伊丹市中村地区が消滅 ~盗人に追い銭を払った日本の負の歴史~ | アジアの真実
2008年01月24日

・在日が不法占拠を続けた伊丹市中村地区が消滅 ~盗人に追い銭を払った日本の負の歴史~

テーマ:韓国・戦後賠償問題

神戸新聞「正平調」1/23
 年に十三万便近い航空機が発着する大阪空港。そのすぐ北西にある集落が、間もなく姿を消す。伊丹市の中村地区だ◆住民の八割が在日韓国・朝鮮人である。三ヘクタール余りの地区の大半は国有の空港用地などで、国はここを「不法占拠」とみなしてきた。しかし二〇〇二年に、住民への移転補償を決め、隣接地に市営住宅が建てられた。五十世帯が昨年入居し、残る四十五世帯への鍵渡しが先ごろあった

 ◆地区の歴史は戦前にさかのぼる。軍用化へ向け飛行場を拡張する工事で、千人の労働者が朝鮮半島から集められた。むしろ敷きの簡易宿舎に住み、猪名川の砂利をトロッコやもっこで運んだ。そんな過酷な生活や作業の証言は多い。同じ戦中の空港建設で朝鮮人が住むようになった京都・ウトロ地区の歩みとも重なる

 ◆中村地区は戦後、残った人に加え、住む場所や仕事を求める人々が移ってきた。民家が軒を連ねており、火が出ると瞬く間に燃え広がった。国は焼け跡を囲って建築を差し止めたが、住民はこっそりと建て替えたそうだ。しかし、「不法」のため下水道は今も未整備のまま。もちろん騒音対策の対象にもならなかった

◆「地区の歴史を残すため、せめて碑でも」。住民からそんな声を聞いた。移転にこぎ着けた安堵、地区への愛着、在日コリアンを生んだ歴史的な背景、「不法占拠」とされてきた悔しさ…。さまざまな思いが込められた一言だろう◆中村地区の跡地は、あと二カ月で更地になる。ここに刻まれた思いと歴史は、しっかり心にとどめたい。



 在日朝鮮人、韓国人が戦後60年以上に渡り、国有地を不法占拠してきた伊丹市中村地区があと二ヶ月ほどで更地になるそうです。

 大半は戦前、戦中に自らの自由意志で日本へやってきた朝鮮人達です。戦後、母国へ帰るチャンスはいくらでもありました。別に日本が帰る事を許さず、戦後も奴隷のように働かせていたわけでもありません。朝鮮人に限らず、外国人が日本で生活する為には、当然ながら衣食住を自分でまかなう必要があります。アパートを借りる、または土地を購入して家を建てる。当たり前のことです。外国人には日本政府が住む場所を無料で与えるなどという法律はありません。

 それに反して戦後60年以上も国有地を不法占拠を続けた朝鮮人達に対し、補償金を支払い、市営住宅まで新設して与えた日本。”盗人に追い銭”とはこのことを言うのでしょう。補償金の金額は公表されていないようですが(もしご存知の方がいましたら教えてください)、以前川崎市で同様のことが行われた時は、一世帯あたり2700万円であった と言いますから、相当の金額が動いたのは間違いないでしょう。

 

 ここまでしてもらったにも関わらず、「不法占拠と言われて悔しい。我々の思いと歴史を残す為、碑の建設を」などと恥かしげもなく主張する在日朝鮮人・韓国人の厚顔無恥ぶりには大きな憤りを感じますが、なにしろ一番憤りを感じるのは、不法占拠をしていた朝鮮人達に対し補償金を払い、住宅の新設までした政府です。60年間の土地代として、補償金をもらうのはむしろ日本政府の方です。それができないにしても、立ち退きを強制執行すればよかっただけのこと。躊躇する理由など何もないはずです。強制連行という嘘はもう使えません。


 神戸新聞も「ここに刻まれた思いと歴史は、しっかり心にとどめたい」などと締めくくっていますが、正確な歴史背景も書かず、「一方的に日本が悪い。可愛そうな朝鮮人たち」という印象を読者に植え付けるような書き方をしています。本当に我々が心に留めておかなければならないのは、このような不法行為が在日朝鮮人達によって行われたという事実と、要求に屈して手厚く補償を行ってしまったという日本政府の失態です。これらの負の歴史を我々はしっかりと心にとどめ、今後二度と同じようなことを繰り返さないようにしなければなりません。


この問題をかねてから取り扱っているBlogを紹介します。

Hanshinn-airport

伊丹空港の裏側 ~大阪民国ダメポツアー~



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参考書籍:
ザ・在日特権 (宝島社文庫 592)
野村 旗守
479665920X


在日・強制連行の神話 (文春新書)
鄭 大均
4166603841

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