・小泉首相が靖国神社へ参拝 ~小泉外交5年間の完結~ | アジアの真実

・小泉首相が靖国神社へ参拝 ~小泉外交5年間の完結~

小泉首相が靖国神社参拝 終戦記念日は初:産経
≪モーニング姿で一礼、私費で献花料3万円≫
 小泉純一郎首相は15日午前7時40分すぎ、東京・九段北の靖国神社を参拝した。小泉首相の靖国参拝は6回目だが、終戦記念日の参拝は初めて。現職首相の8月15日の参拝は昭和60年の中曽根康弘元首相以来21年ぶりだ。小泉首相は午前7時30分すぎにモーニング姿で靖国神社を訪れ、本殿に昇殿し、二礼二拍手一礼の神道方式ではなく、一礼する方法で参拝。「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、献花した。献花料3万円は私費で支払った。

 首相は平成13年の自民党総裁選で終戦記念日の8月15日に参拝することを公約していたが、中国や韓国、政府与党からの反発に配慮し、毎年別の日に参拝していた。
≪過去には三木氏ら4首相≫
 終戦記念日である8月15日の現職首相による靖国神社参拝は、昭和60年の中曽根康弘氏の公式参拝以来で21年ぶり9回目だ。50年に初めて参拝した三木武夫氏以降、中曽根氏までの間は大平正芳氏以外の歴代首相(4人)が8月15日に参拝。だが、中曽根氏の公式参拝で中国の批判を受けてからは途絶えていた。終戦間もない時期を除き、戦後の首相による靖国神社参拝は、日本の独立回復を定めたサンフランシスコ講和条約調印直後の26年10月に吉田茂氏が参拝して再開された。当時は春季例大祭か秋季例大祭のタイミングで参拝するのがほとんどだった。


 終戦記念日の今日、予定通り小泉首相が靖国神社へ参拝しました。実は首相による靖国神社参拝は、上記記事にもあるように昭和26年以降、毎年のように行われてきました。時には年に数回参拝が行われることもめずらしくありませんでした。ところが、1985年の中曽根首相の参拝時、朝日新聞が行ったネガティブキャンペーンなどにも起因し、中国が初めて政治カードとして首相による靖国神社参拝を批判したことから、それ以降は1996年の橋本首相が自身の誕生日に一回参拝したきり、中国や韓国を刺激するとして、情けないことに中国や韓国の政治カードを実質的に受け入れる形として参拝が見送られてきました(詳しくは過去記事参照→・靖国問題は誰が作ったのか ~朝日新聞の罪~ )。前回の記事でも書きましたが、中韓が靖国神社参拝を批判する理由は、単に外交的優位に立ち、様々な譲歩を日本から引き出すこと、また中韓が日本を批判することで自らの政権の正当性を確立することに集約されます。そしてその思惑は日本の事なかれ主義により、中韓の思い通りになっていました。

 小泉首相が、永らく行われてこなかった靖国神社参拝を首相就任以来毎年欠かさず行ったのは、戦没者への追悼と不戦の誓いという理由はもちろんのこと、この中韓の政治カードを打ち消し、”恫喝外交には応じない。事なかれ主義による弱い外交は捨てる”という強い姿勢を示す意思表示であったのは間違いありません。そして任期切れによる最後の参拝となる今年、公約通り8月15日に参拝を行ったことは、その意思を貫徹し、次政権へその日本の外交姿勢を引き継ぐ意味も込められた、小泉外交の完結であると私は強く評価します。


中国外務省が抗議声明 首相の靖国神社参拝で:朝日

「失望と憤怒」、韓国が抗議声明 首相の靖国参拝で:朝日 

 中韓は早速反応をしていますが、今となってははっきり言って随分と色あせた抗議のように映ります。これが過去の日本であれば、「それ見たことか。中国様と韓国様がお怒りだ。なんということを首相は行ったのだ。日本は何も反省していない。中国と韓国にすぐに謝罪し、ご意向を伺うべきだ」という、中韓に完全に迎合したマスコミの論調が大勢を占め、政府は中韓に阿る態度を余儀なくされていたことでしょう。しかし明らかに現在は違っています。まだまだ一部マスコミの態度は変わっていないところはありますが、現在の日本政府にそのような姿は見られません。(先日の小泉首相のマスコミ批判にも光るところがありました)この流れを作ったのは5年間の小泉外交の成果であることは間違いありません。

 次期政権はこの小泉首相が5年間で作り上げた流れをしっかりと引継ぐことを希望します。


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参考書籍:
だから日本人よ、靖国へ行こう
小野田 寛郎 中條 高徳
4898310915


靖国問題と中国
岡崎 久彦 屋山 太郎
4759309381

日本はそんなに悪い国なのか A級戦犯・靖国問題・平和祈念碑設立をめぐって
上坂 冬子
456966458X