光舜堂の西野さんより、
中国屋楽器店のショウホウさんが亡くなられたと聞きました。
もう長いこと闘病されていて、
病状がかなり悪いとは伺っていたのですが、
残念で、寂しくてなりません。。
私が二胡を始めた頃は、
二胡という楽器を手にすること自体が大変で、
今だから言いますが、私も何度か痛い目に遭いました。
オモチャのようなひどい二胡をつかまされ、
中国の方への不信感を拭えずにいた時期もあったのです。
初めてショウホウさんにお会いしたのはそんな時。
十条の駅の小さな倉庫のような教室で、
独学で壁にぶつかっていた私に、基礎を教え直してくれました。
いつも元気でニコニコ。とにかく明るくて優しい!
ショウホウさんに出逢えて、恥ずかしながら、
「中国人にも良い人がいるんだ」と思い直すことができました。
(立て続けに痛い目に遭った直後だったもので、すみません・・)
私がパンファン先生に習いに行くことになった時、
ショウホウさんには嘘をつきたくなかったので、
申し訳ないと思いつつ、正直に伝えました。
「ジャーさんは素晴らしい演奏家。本当によかった!」と、
自分のことのように喜んでくれました。
パンファン先生、パンシン先生、周先生・・
天華の先生方も素晴らしい師匠ですが、
二胡を弾くことの「楽しさ」だけでなく、
「苦しさ」「厳しさ」もいっぱい教わった気がします。
レッスンに行くのが楽しみで楽しみで、
とにかく「二胡が楽しい!」「二胡が大好き!」と思えたのは、
ショウホウさんに習っていた時期だけだったように思うのです。
もちろん、当時は初心者だったということや、
私自身の二胡に対する意識の変化もありますが、
やはり、ショウホウさんのお人柄による部分が大きかった。
天華では対応してくれないことも、
ショウホウさんはすぐに動いて、助けてくれた。
楽器にトラブルがあった時もすぐに直してくれた。
演奏家にありがちな「派閥意識」とは無縁の、
真の「駆け込み寺」のような存在だったのです。
今の日本に二胡がここまで定着したのは、
ショウホウさんのような、街の二胡職人がいたからです。
スポットライトを浴びる二胡奏者たちも素晴らしいけれど、
草の根レベルで二胡を広めてくれた先達の苦労を、
私達は決して忘れてはいけないですよね。
今日は中秋の名月。
ショウホウさんに教わった『良宵』を聴きながら、
あの笑顔を思い出します。
ショウホウさん、本当にありがとうございました。