こんにちは。
skin rescue協会アドバイザー・りょーこですひまわり

前回の続き。


子どもと遊ぶのが苦手な私
特に自分の子どもと遊ぶのが辛い笑い泣き
遊び始めてしまえば楽しいのだが、そこまでの道のりが長い。家事が残ってるからとか、疲れてるとか、忙しいからとか、それらしい理由はあるのだが、要するに遊ぶのが億劫



どうして億劫なのか?

理由は自分が母に遊んでもらってなかったから。

が、しかし。

この答えが府に落ちるまでには結構時間がかかった。だって私は遊んでもらったと思ってたから。


母は常に働いている人だった。家でも外でも。だから一緒に何かをした時の記憶は比較的鮮明に残ってる。


そう。
それすなわち当たり前ではなく特別な時間だったのだ。
母はいつも忙しく、せわしなく、動き、頑張っていると私は感じていた。何となく緊張したり苛々しているときもあった。
そんな母に私は迷惑をかけてはいけないと知らず知らず気をつかうようになっていたのだと思う。

この事実に気づくのに時間がかかった。だってそれが私のフツー・当たり前だったから。
気づいた時はちょっとした衝撃があった

実際母は子どもの相手をするのは大変?億劫?だったのだろう。ものの見事に私はそれを感じ、受け継いだわけである。

この気づきを得るまで、私は子どもと遊べない自分を責め、嫌悪感を持ち、でも、ムーリー、ツーカーレールーみたいなことを繰り返してた。
終いには私は子どもと遊べないんだと開き直ったりもした。

でも本当は遊びたかった。


娘はこれでもかというほど私を誘ってくれる。小さい頃より、小学生になってからのほうが多かったように思う。これでもかというほど誘ってくれて、それでも億劫がる私がいた。


そんな私がようやく子どもと心から楽しく過ごせたのが、このコロナ自粛の期間だった。


外には行けず、でも時間に・世間に縛られず家族でひたすら家にいた結果、こんなにも子どもと過ごす時間が愛しいものだということを感じることができた。

不謹慎かもしれないが、この時間は間違いなく私を癒してくれた。


以上が私のトラウマの1つの話。
トラウマは山のようにあるからねチーン

次は何の話をしよう(笑)