ふと、資料やノートを読み返していたら。
ちょうど「在る」ということについての文章が目にとまった。
そんなタイミングで、このブログ😊
頑張り屋で、負けん気の強い母から見えていたわたしは、「地に足がついていない子」だったようで🤣。
二言目どころか、第一声から「まわりを見なさい。」「足もとを見なさい。」「先のことを考えて行動しなさい。」と、よく言われていました。
う〜ん、空(空想)ばかり見ていたわたしには、足元を見ると先は見えないし、先を見ると足元は見えないし、結局また空(空想)の世界に後戻りしては、また首根っこ掴まれる…の繰り返しでした。(母の観点からすれば、このままでは、わたしが社会の流れにまっすぐ乗れない子に育つと思ったのかもです。そのおかげで、人並みレベルで社会生活はできたかも🤣)
少し年齢を重ねると、そこに「人の役に立つ人間になりなさい。(役に立たない人間は生きてる価値がない、レベル😅)」が加わった。
後年、知的障害施設の保育士になった時、「自分よりできの悪い人間の中にいたら、優越感にひたれるから、その仕事を選んだのね。」と言われて、しばらく、どういう意味かわからなかったけど(そういう観点がなかったので)、それは母の観点であって、わたしの観点ではない、ということを明確に感じた瞬間だった。(やっと自我の目覚め⁉️)
「このままではダメ。」「もっと人の役に立つことをしなさい。」と言われてきたことを、思い出した。
ある意味、「このままではダメだ(母の影響を受け続けること)」と、自発的に感じ始めたのは、「子どものいる人生を諦めた時」。
自分の口から出る言葉が、ほぼほぼ母の言葉だったことに気づいた時、「わたしはどこ〜⁉️」とムンクの叫び状態だった。
それから、幾年月😅
玉ねぎの薄皮を剥ぐように、最初は人の力を借りて、その後は自分で少しずつ、色々な価値判断や思考パターンに気づく、という作業を重ね。
ようやく、今に至る🤣
「流れに乗る」時の感覚が、大縄跳びとよく似ているな〜と思う今日この頃。
なかなか入れなかったり、早すぎて入った途端引っかかったりを繰り返して、ようやく、飛び込む感覚が身について、自分のリズムと、縄を回す人のリズムが合う瞬間がわかると、たとえ縄を回す人が代わって、リズムが変わっても、すっと入れる感覚。
リブログした内容と、少しずれるかもだけど。(かなりズレた🤣)
最近都留さんのおはなしが、ちょいちょいやってくるもので😊
今日も佳き日🌈