悲しいかな・・・

なぜにそのようなことが
起こるかが・・・


放射能も東電の所有物ではないといえるかもしれない

だが、

海も
山も
空も

だれの所有物でもないのだ。

人体に及ぼす
危険な物質。

自分に責任がないと逃れるのか。

人事ではいられないはず。


どうにか
手立てはないものなのだろうか。



みっちょんの日々無主物の行方









 
とってもうなずける話を聞いたので…





中世ヨーロッパのあるお話です。

あるところに3人のレンガ職人が
汗を流して働いていました

そこを通りかかった公爵が声をかけました
『何をしてるのですか?』

3人のレンガ職人はそれぞれ答えました

一人目
「見りゃわかるだろ!」


2人目
「レンガを積んで丈夫な壁を作っているんだよ」


3人目
「世界一の公園を造ってるんだ!完成すれば、沢山の家族がここへ、足を運び、幸せな一時を過ごすでしょう。なんと素晴らしいことでしょう!!」

さて
同じ作業をしているレンガ職人達ですが、
考えていることは違うようです


1人目のレンガ職人はただ目的もなく目の前の作業をこなすだけ

また

2人目のレンガ職人は、作業をの目的は理解していても全体像が見えていません

皆さんはこのようなレンガ職人になっていないでしょうか


3人目のレンガ職人のように、
完成後の姿、や、価値を想像しながら作業をするほうが
イキイキと仕事ができると思いませんか?


私達にあてはめるならば
「お客に料理を提供しているんだ」
という人より


「お客様に幸せな時間を提供しているんだ」
という人のほうが

イキイキと仕事が出来ているでしょう

これは料理だけでなく、
接客や掃除を大切にすることにも当てはまります

このように仕事の価値を見出だすことは仕事に誇りを持つことにつながり

より、有意義な人生を送れることになるのではないでしょうか?



レンガ職人のはなし


でした。





ちょっとした、思考の持ち方で


もののとらえかたが

全く違うものになるという
具体的な例で

大変感心いたしました


見習いたいものです音符
自分の目指すものが、なんなのか、

実は
明確にわかってない

だけど、


現状を超えられる刺激や

学びの得られる相手や環境を選んで

自分を変えて行くのも
大事なこと。


とても能力のある人や、

自分もああいう風になりたい
と思う人がいて、


そういう人といっしょにいると、
自分の力の無さをまざまざと感じてしまうのですが、
毎日が
ワクワクな

どんなに辛いことも
楽しめる


辛いけど、

苦しくて…

ホントに苦しい

でも、

楽しい音符

って思える。

そう
思える環境で働くのが、

自分を変える

もまれることで
成長出来る環境だと思います



人との生活は
どうしても比べてしまいます。

持ち物や

衣・食・住

生活環境…。


比べるのもエゴ。



比べては
“うらやましい”と
嫉妬してしまう…


でも

その想いを、
踏ん張りに変えて、

明日の自分の為に
繋げていく


今を、必死に生きる。

落ち込む暇などないのだ、

「負けるもんか」と対抗意識も燃える。

前に進むと言うことは
自分に勝つ事



この人のどういうところがこの素晴らしさを産む秘訣になってるのか、

それを側にいるだけで

感じとる事ができる


素直に学べる。


やはり井の中の蛙でいるのはいやだ。

外に出て
大海を知りたい


居心地いいのもそれはそれでいい、




そういう居場所も

あってればいいけれど、


自分の持っている力を大きく開花させたいと思うなら、


素晴らしい人にたくさん会って、

たくさん刺激を受け、


たくさん学びたい。

そして…


卵の殻を
破るように、

殻を飛び出したら




この人生も
捨てたもんじゃね~