副代表と行く!年末神戸男二人旅 その2(担当:しゅん @ma_ru_ko_me)
東海支部のしゅん(@ma_ru_ko_me)です。正月は実家で食っちゃ寝でした。
あと「いきものがかり」にハマりました。今更。
さて、今回は先日投稿したお正月特別企画(?)「副代表と行く!年末神戸男二人旅」のその2をお送りしたいと思います。
その1をまだチェックされてない方は こちら からお読みください。
+-+-+-+-+-
残された時間は2時間。博物館とかそういう建物の中を見て回るのは厳しい時間だ。
となると、神戸の風景を見て回るしかないか・・・。
その1でも書いた通り、僕は京都出身である。
実家から車で1時間半ほどということもあって、子どものころからたびたびこの神戸という地を訪れていた。
なので、若干の土地勘はある。
現在地の三ノ宮駅から割と近いところ・・・そうだ、あそこがある、と僕はヒロを連れ、南へ向けて歩き出した。
やがて、神戸市役所の大きなビルが見えたと同時に、我々が目指す公園が見えてきた。
その公園の名は、東遊園地。
「遊園地」という名から、観覧車やジェットコースターが林立しているような場所を思い浮かべる方もいるかもしれない。
しかしこの東遊園地は、いたって普通の、どこにでもある公園だ。
その一角に、こんなものが鎮座してある。

マリーナ像。
このマリーナ像が手にしている時計をよーく見ていただきたい。
時計の針は、きっかり5時46分で止まっている。
5時46分。
いまから16年前の1995年1月17日午前5時46分。
ここ、神戸の地を、マグニチュード7.3というとんでもない大揺れが襲った。
いわゆる「阪神・淡路大震災」である。
三宮の街では次々とビルが崩壊し、あちこちで火の手があがり、5万人近くの死傷者を出すという未曾有の大災害となった。
このマリーナ像も、地震で倒壊し、時計が壊れてしまった。
のちにマリーナ像はこのように元通りに建て直されたが、震災の爪痕を残すために時計は5時46分で止めたままとなった。
実は僕の一番古い記憶というのが、当時4歳で京都で遭遇したこの地震である。
電気スタンドが激しく揺れ、テレビをつけるとそこに映し出されたのは倒壊した阪神高速。
父親は負傷した知人・友人の名前と住所とケガの状況を、ノートで克明に記録していた。
ちなみに僕は、高3の冬にこのようなプロジェクトに、主に写真撮影担当として少しだけ携わった。
卒業後もできる範囲で活動を支援して、僕の写真をパネルで使っていただいたりもした。
現地の方の震災当時の生の声を聞いたりもした。本当に胸が締め付けられる思いがした。
ほかの活動が忙しすぎてまともに関われなかったけど、こんな活動ができて本当に良かった、と思う。
話を旅行記に戻そう。

東遊園地を後にしようとすると、何やら人だかりができていた。
その中心では、マイクを持って喋っている人がいる。何やらお坊さんのようだ。
と、ヒロがあることに気付いた。
「あの人、寂聴さんっぽくない?」
え、ええ、あの瀬戸内寂聴さん?いやまさか、と思いながらも、時間は限られている。
果たして本当に寂聴さんなのかわからぬまま、我々は東遊園地を後にして、すぐそばにある次のポイントへ向かった。
それが、国道174号線。
ただの国道と侮るなかれ、この国道174号線、実は

日本で一番短い国道なのである。実に187.1mしかない。

うっかり全景を撮り忘れたので3年前の夏に来た時の写真で。右へカーブした先が終点である。
200mもないので、あっという間に起点から終点まで歩くことができた。
厳密に言えば終点から起点へ逆に来たんだけど。

ヒロに「看板とツーショット撮ろうや!」と提案すると、
「寝起きの顔はNGだよー」
というので、代わりにヒロに僕と看板のツーショットを撮ってもらった。しかしえらく白飛びしている。
続いて我々はメリケンパークの方へ行った。
その途中、ヒロは横浜の友達から電話がかかってきて誘われたらしく、「今神戸だから無理!」と断っていた。

ここでやっとヒロが神戸にいる!的な写真を撮ることができた(笑)。
手前の白い建物が神戸海洋博物館、その奥がポートタワーである。
この2つと、ホテルオークラの3つを加えた風景を見ると、個人的に神戸にいるんだな~という実感がわく。
ところで、彼と旅をしていると、さすが建築学科というか、いろんな“像”に興味を示していた。

1990年に神戸ファッションフェスティバルが開催されたのを記念して設置された「オルタンシアの鐘」をしげしげと眺めるヒロ。
このほかにも謎のモアイ像にも興味を示したりして、やっぱり建築学んでるとこういうとこに目が行くんだな~、と感心した。
さて、メリケンパークまで来ると近い駅は三ノ宮駅ではなく隣の元町駅となる。
そこで、南京町(神戸の中華街)のわきを抜け、元町駅からJRで一駅、三ノ宮駅へ移動。
この時点で時刻は13時10分、ヒロのバスの時間まで40分しかない。バスのチケットも買っていない。
そして、我々はまだ昼食をとっていない。
道中、ヒロはしきりに「神戸のB級グルメってなんだろ?」と僕に問いかけてきた。
僕は迷わず「そばめしちゃうかな?」と返した。

そばめしは焼きそばにご飯を投入して一緒に炒めてしまう、神戸が生んだ庶民的B級グルメである。
ヒロがそばめし、というワードを口にするたびに、僕もそばめしを食べたくなっていた。
しかしバスのチケットを買う手間を考えると、残り時間は30分くらいしかない。
この短時間で店に入り、そばめしを注文し、出てきて食べる・・・となると、正直時間は微妙である。
しかもどこの店で食べるかという肝心要のことが決まっていない。
我々はとりあえず、三ノ宮駅前にどーんとそびえたつ、「ミント神戸」という商業施設に飛び込んだ。
ここなら、1階は鳥取行きのバスが発着するバス乗り場だし、レストラン街もある。
再び三ノ宮の市街地まで出て食事するよりかはここで食事した方が間に合う確率が高いと踏んだ。
レストラン街に、そばめしを出すお好み焼き屋があった。
店の様子をうかがうと、あいにく満席。
この時点でヒロが乗るバスが出るまであと40分もない。席が空くのを待っていれば、間違いなくヒロはバスに乗り遅れる。
と、お好み焼き屋の前にある坦々麺の店はまだ空いていることに気付いた。
無類のラーメン好きのヒロは「もうここでいいよね?」と僕に尋ねた。
この時点で僕の頭の中は「そばめし」でなく「ヒロがバスに間に合うかどうか」でいっぱいだった。
我々は迷うことなくその坦々麺のお店に入った。

坦々麺が運ばれてきた。バスの時間まであと30分。

「甘口」というものを頼んでみたが、僕には少し辛かった。
ヒロは「辛口」というのを頼んでいて、彼も辛そうに麺をすすっていた。
僕が辛口を頼んでいたら間違いなく足を引っ張っていただろう。
この店は、坦々麺にライチがついていて、僕がライチをパクッと食べると、
「これも食べていいよ、俺汁飲んでるから」
と、ヒロがライチを僕にくれた。僕はありがたく、そのライチも口にした。
精算を済ませると、バスが出る15分前だった。間に合うんじゃないか、これ。
我々は急ぎエスカレーターを降り、三宮のバスターミナルへ向かった。
ところが。
なんと、バスのチケット売り場の窓口に長蛇の列ができていた。
あきらめて並ぶヒロ。時間は刻々と過ぎていく。
ヒロが列の真ん中に来たとき、ふと僕はあることに気付いた。
窓口に、「名古屋行き」「徳島行き」というようにバスの行き先が書かれているのだが、「鳥取行き」がないのだ。
不審に思いながら列の様子を眺めていると、窓口の係員があるお客に違う方向を指さして説明していた。
まさか。
指差した方には別の窓口があって、そこの行き先案内を見ると、ばっちりと「鳥取行き」の文字があった。
「ヒロ、ここちゃう!鳥取行きはあっちの列や!!」
僕はあわててヒロを呼んだ。バスの発車時刻まで残り10分しかない。
そして、新たに並んだ窓口にも列ができている。果たして間に合うのだろうか。
僕は正直最悪のケースも覚悟していた。あと3時間、どこを連れまわせばいいのだろう。
やがて、窓口の後ろのバス乗り場に、「鳥取」と表示されたバスがやってきた。
人がどんどん乗り込んでいく鳥取行きのバスを、僕はただ眺めることしかできなかった。
しかしヒロはまだ並んでいる。まずい。最悪のケースが現実化しようとしている・・・。
とその時、やっとヒロの順番が回ってきた!
窓口の係員とやりとりして、お金を支払う様子を静観する。
そして、バスのチケットを手にして、ヒロが戻ってきた!
実に、バスが神戸を発つ5分前のことだった。
あわただしく握手して、また会おな!と別れの挨拶を交わす僕とヒロ。
最後はばたばたしたけど、バスに間に合ってよかった、と安堵しかけたその時だった。
ヒロが衝撃の一言を言い放つ。
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ」
ええええええええええええええ。
この時点で鳥取行きのバスには、すでに8割くらいの客が乗り込んでいた。
あとはバスの床下のトランクルームに大荷物を預けている客が乗れば出発、という状態。
それなのに・・・えっ、トイレ?間に合わんかったらどないすんの?と再びひとり焦る俺。
ていうか、バスにトイレあるんとちゃうん?とも思った。
鳥取行きのバスの運転手に、すいませんひとりトイレ行ってるので待っててもらえますか、と言うべきか。
あの手この手をいろいろ考えていると、あっさりとヒロが戻ってきた。
そしてそのまま、「じゃあな!」と鳥取行きのバスの客となった。
静岡で彼と初めて顔を合わせてから、約24時間後のことだった。

バスの扉が閉まるのを確認してから、僕はバスターミナルの外へ出た。
と同時に、バスも三宮のバスターミナルを後にして、一路鳥取に向けて動き出していた。
窓からヒロが見えるかな、と思ったけど、どの座席に座ってるかもわからなかったので、見えなかった。
今度こそ本当に得られた安堵感を胸に、26時間ぶりにひとりになった僕は三ノ宮駅の改札をくぐった。
+-+-+-+-+-
[エピローグ]
大阪へと向かう電車の車内は、昼下がりのまったりとした空気が流れていた。
過ぎ行く六甲山と芦屋の高級住宅街を眺めながら、僕はこの26時間にあった様々な出来事を思い返していた。
つながりカフェ、ボタニカでの夜、ヒロとの二人旅。。。
導き出た結論は、やっぱり「今年、LAMBと出会えて本当に良かった」というものだった。
大阪に着いてから、行くあてもなく電車を乗り換え、その電車で寝ていると、気づけば僕は和歌山にいた。
眠気覚ましがてら和歌山の街を散歩し、和歌山駅に戻りがてらツイートチェック。
すると真っ先に目に飛び込んできたのは、ヒロの「鳥取なう!」というツイートだった。
神戸で別れてからちょうど3時間。彼はもう、遠く離れた鳥取にいる。
その事実に気付いたとき、僕はちょっぴり寂しくなった。
だけど、その寂しい気持ちはすぐに、「ああ、俺も実家帰んないと!」という気持ちに変わった。
そんな気持ちになると、自然と和歌山駅へ向かう足取りも速くなった。
和歌山駅は、LAMBのこれからを明るく照らすかのように時期外れのクリスマスイルミネーションで光り輝いていた。
+-+-+-+-+-
その1・その2と、すべて読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。
それと、この単なる旅行記を書いてもいいよ!と後押ししてくれたLAMBブログ担当の直樹、
そして、今回一緒に旅してくれたヒロ!本当にありがとう!
LAMBブログお正月特別企画はまだまだ続きます!
近々LAMBメンバーの2010年を振り返る記事を続々と更新予定!
どうぞご期待ください。
あと「いきものがかり」にハマりました。今更。
さて、今回は先日投稿したお正月特別企画(?)「副代表と行く!年末神戸男二人旅」のその2をお送りしたいと思います。
その1をまだチェックされてない方は こちら からお読みください。
+-+-+-+-+-
残された時間は2時間。博物館とかそういう建物の中を見て回るのは厳しい時間だ。
となると、神戸の風景を見て回るしかないか・・・。
その1でも書いた通り、僕は京都出身である。
実家から車で1時間半ほどということもあって、子どものころからたびたびこの神戸という地を訪れていた。
なので、若干の土地勘はある。
現在地の三ノ宮駅から割と近いところ・・・そうだ、あそこがある、と僕はヒロを連れ、南へ向けて歩き出した。
やがて、神戸市役所の大きなビルが見えたと同時に、我々が目指す公園が見えてきた。
その公園の名は、東遊園地。
「遊園地」という名から、観覧車やジェットコースターが林立しているような場所を思い浮かべる方もいるかもしれない。
しかしこの東遊園地は、いたって普通の、どこにでもある公園だ。
その一角に、こんなものが鎮座してある。

マリーナ像。
このマリーナ像が手にしている時計をよーく見ていただきたい。
時計の針は、きっかり5時46分で止まっている。
5時46分。
いまから16年前の1995年1月17日午前5時46分。
ここ、神戸の地を、マグニチュード7.3というとんでもない大揺れが襲った。
いわゆる「阪神・淡路大震災」である。
三宮の街では次々とビルが崩壊し、あちこちで火の手があがり、5万人近くの死傷者を出すという未曾有の大災害となった。
このマリーナ像も、地震で倒壊し、時計が壊れてしまった。
のちにマリーナ像はこのように元通りに建て直されたが、震災の爪痕を残すために時計は5時46分で止めたままとなった。
実は僕の一番古い記憶というのが、当時4歳で京都で遭遇したこの地震である。
電気スタンドが激しく揺れ、テレビをつけるとそこに映し出されたのは倒壊した阪神高速。
父親は負傷した知人・友人の名前と住所とケガの状況を、ノートで克明に記録していた。
ちなみに僕は、高3の冬にこのようなプロジェクトに、主に写真撮影担当として少しだけ携わった。
卒業後もできる範囲で活動を支援して、僕の写真をパネルで使っていただいたりもした。
現地の方の震災当時の生の声を聞いたりもした。本当に胸が締め付けられる思いがした。
ほかの活動が忙しすぎてまともに関われなかったけど、こんな活動ができて本当に良かった、と思う。
話を旅行記に戻そう。

東遊園地を後にしようとすると、何やら人だかりができていた。
その中心では、マイクを持って喋っている人がいる。何やらお坊さんのようだ。
と、ヒロがあることに気付いた。
「あの人、寂聴さんっぽくない?」
え、ええ、あの瀬戸内寂聴さん?いやまさか、と思いながらも、時間は限られている。
果たして本当に寂聴さんなのかわからぬまま、我々は東遊園地を後にして、すぐそばにある次のポイントへ向かった。
それが、国道174号線。
ただの国道と侮るなかれ、この国道174号線、実は

日本で一番短い国道なのである。実に187.1mしかない。

うっかり全景を撮り忘れたので3年前の夏に来た時の写真で。右へカーブした先が終点である。
200mもないので、あっという間に起点から終点まで歩くことができた。
厳密に言えば終点から起点へ逆に来たんだけど。

ヒロに「看板とツーショット撮ろうや!」と提案すると、
「寝起きの顔はNGだよー」
というので、代わりにヒロに僕と看板のツーショットを撮ってもらった。しかしえらく白飛びしている。
続いて我々はメリケンパークの方へ行った。
その途中、ヒロは横浜の友達から電話がかかってきて誘われたらしく、「今神戸だから無理!」と断っていた。

ここでやっとヒロが神戸にいる!的な写真を撮ることができた(笑)。
手前の白い建物が神戸海洋博物館、その奥がポートタワーである。
この2つと、ホテルオークラの3つを加えた風景を見ると、個人的に神戸にいるんだな~という実感がわく。
ところで、彼と旅をしていると、さすが建築学科というか、いろんな“像”に興味を示していた。

1990年に神戸ファッションフェスティバルが開催されたのを記念して設置された「オルタンシアの鐘」をしげしげと眺めるヒロ。
このほかにも謎のモアイ像にも興味を示したりして、やっぱり建築学んでるとこういうとこに目が行くんだな~、と感心した。
さて、メリケンパークまで来ると近い駅は三ノ宮駅ではなく隣の元町駅となる。
そこで、南京町(神戸の中華街)のわきを抜け、元町駅からJRで一駅、三ノ宮駅へ移動。
この時点で時刻は13時10分、ヒロのバスの時間まで40分しかない。バスのチケットも買っていない。
そして、我々はまだ昼食をとっていない。
道中、ヒロはしきりに「神戸のB級グルメってなんだろ?」と僕に問いかけてきた。
僕は迷わず「そばめしちゃうかな?」と返した。

そばめしは焼きそばにご飯を投入して一緒に炒めてしまう、神戸が生んだ庶民的B級グルメである。
ヒロがそばめし、というワードを口にするたびに、僕もそばめしを食べたくなっていた。
しかしバスのチケットを買う手間を考えると、残り時間は30分くらいしかない。
この短時間で店に入り、そばめしを注文し、出てきて食べる・・・となると、正直時間は微妙である。
しかもどこの店で食べるかという肝心要のことが決まっていない。
我々はとりあえず、三ノ宮駅前にどーんとそびえたつ、「ミント神戸」という商業施設に飛び込んだ。
ここなら、1階は鳥取行きのバスが発着するバス乗り場だし、レストラン街もある。
再び三ノ宮の市街地まで出て食事するよりかはここで食事した方が間に合う確率が高いと踏んだ。
レストラン街に、そばめしを出すお好み焼き屋があった。
店の様子をうかがうと、あいにく満席。
この時点でヒロが乗るバスが出るまであと40分もない。席が空くのを待っていれば、間違いなくヒロはバスに乗り遅れる。
と、お好み焼き屋の前にある坦々麺の店はまだ空いていることに気付いた。
無類のラーメン好きのヒロは「もうここでいいよね?」と僕に尋ねた。
この時点で僕の頭の中は「そばめし」でなく「ヒロがバスに間に合うかどうか」でいっぱいだった。
我々は迷うことなくその坦々麺のお店に入った。

坦々麺が運ばれてきた。バスの時間まであと30分。

「甘口」というものを頼んでみたが、僕には少し辛かった。
ヒロは「辛口」というのを頼んでいて、彼も辛そうに麺をすすっていた。
僕が辛口を頼んでいたら間違いなく足を引っ張っていただろう。
この店は、坦々麺にライチがついていて、僕がライチをパクッと食べると、
「これも食べていいよ、俺汁飲んでるから」
と、ヒロがライチを僕にくれた。僕はありがたく、そのライチも口にした。
精算を済ませると、バスが出る15分前だった。間に合うんじゃないか、これ。
我々は急ぎエスカレーターを降り、三宮のバスターミナルへ向かった。
ところが。
なんと、バスのチケット売り場の窓口に長蛇の列ができていた。
あきらめて並ぶヒロ。時間は刻々と過ぎていく。
ヒロが列の真ん中に来たとき、ふと僕はあることに気付いた。
窓口に、「名古屋行き」「徳島行き」というようにバスの行き先が書かれているのだが、「鳥取行き」がないのだ。
不審に思いながら列の様子を眺めていると、窓口の係員があるお客に違う方向を指さして説明していた。
まさか。
指差した方には別の窓口があって、そこの行き先案内を見ると、ばっちりと「鳥取行き」の文字があった。
「ヒロ、ここちゃう!鳥取行きはあっちの列や!!」
僕はあわててヒロを呼んだ。バスの発車時刻まで残り10分しかない。
そして、新たに並んだ窓口にも列ができている。果たして間に合うのだろうか。
僕は正直最悪のケースも覚悟していた。あと3時間、どこを連れまわせばいいのだろう。
やがて、窓口の後ろのバス乗り場に、「鳥取」と表示されたバスがやってきた。
人がどんどん乗り込んでいく鳥取行きのバスを、僕はただ眺めることしかできなかった。
しかしヒロはまだ並んでいる。まずい。最悪のケースが現実化しようとしている・・・。
とその時、やっとヒロの順番が回ってきた!
窓口の係員とやりとりして、お金を支払う様子を静観する。
そして、バスのチケットを手にして、ヒロが戻ってきた!
実に、バスが神戸を発つ5分前のことだった。
あわただしく握手して、また会おな!と別れの挨拶を交わす僕とヒロ。
最後はばたばたしたけど、バスに間に合ってよかった、と安堵しかけたその時だった。
ヒロが衝撃の一言を言い放つ。
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ」
ええええええええええええええ。
この時点で鳥取行きのバスには、すでに8割くらいの客が乗り込んでいた。
あとはバスの床下のトランクルームに大荷物を預けている客が乗れば出発、という状態。
それなのに・・・えっ、トイレ?間に合わんかったらどないすんの?と再びひとり焦る俺。
ていうか、バスにトイレあるんとちゃうん?とも思った。
鳥取行きのバスの運転手に、すいませんひとりトイレ行ってるので待っててもらえますか、と言うべきか。
あの手この手をいろいろ考えていると、あっさりとヒロが戻ってきた。
そしてそのまま、「じゃあな!」と鳥取行きのバスの客となった。
静岡で彼と初めて顔を合わせてから、約24時間後のことだった。

バスの扉が閉まるのを確認してから、僕はバスターミナルの外へ出た。
と同時に、バスも三宮のバスターミナルを後にして、一路鳥取に向けて動き出していた。
窓からヒロが見えるかな、と思ったけど、どの座席に座ってるかもわからなかったので、見えなかった。
今度こそ本当に得られた安堵感を胸に、26時間ぶりにひとりになった僕は三ノ宮駅の改札をくぐった。
+-+-+-+-+-
[エピローグ]
大阪へと向かう電車の車内は、昼下がりのまったりとした空気が流れていた。
過ぎ行く六甲山と芦屋の高級住宅街を眺めながら、僕はこの26時間にあった様々な出来事を思い返していた。
つながりカフェ、ボタニカでの夜、ヒロとの二人旅。。。
導き出た結論は、やっぱり「今年、LAMBと出会えて本当に良かった」というものだった。
大阪に着いてから、行くあてもなく電車を乗り換え、その電車で寝ていると、気づけば僕は和歌山にいた。
眠気覚ましがてら和歌山の街を散歩し、和歌山駅に戻りがてらツイートチェック。
すると真っ先に目に飛び込んできたのは、ヒロの「鳥取なう!」というツイートだった。
神戸で別れてからちょうど3時間。彼はもう、遠く離れた鳥取にいる。
その事実に気付いたとき、僕はちょっぴり寂しくなった。
だけど、その寂しい気持ちはすぐに、「ああ、俺も実家帰んないと!」という気持ちに変わった。
そんな気持ちになると、自然と和歌山駅へ向かう足取りも速くなった。
和歌山駅は、LAMBのこれからを明るく照らすかのように時期外れのクリスマスイルミネーションで光り輝いていた。
+-+-+-+-+-
その1・その2と、すべて読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。
それと、この単なる旅行記を書いてもいいよ!と後押ししてくれたLAMBブログ担当の直樹、
そして、今回一緒に旅してくれたヒロ!本当にありがとう!
LAMBブログお正月特別企画はまだまだ続きます!
近々LAMBメンバーの2010年を振り返る記事を続々と更新予定!
どうぞご期待ください。